■過去商業原稿  
 
30バンチ事件と大量破壊兵器の拡散
  (初出:『Zガンダムヒストリカ』03号(2005年7月)講談社)
  『機動戦士Zガンダム』劇中のキャラクターや出来事を、同時代の現実世界のトピックにからめた「コラム現実認知」というシリーズで書かれた。この回のお題は『Zガンダム』劇中でのティターンズ軍の宇宙移民虐殺について。

 
 

 バスクの私兵集団であるティターンズは、コロニー内に毒ガスを使用した。毒ガスといえばナチスのユダヤ人虐殺を連想させ、いかにもアニメ的な典型の「悪の行為」と思えるが、果たしてそう言って笑えるものだったろうか?
 大量破壊兵器の代表格たる核兵器は、一度実戦に使用すれば、相互にそれを用いての全面殺戮戦争を及ぼす物として怖れられ、また細菌や毒ガスは、国際法上でも使用を禁止されていたが、『Zガンダム』放送当時の1980年代、冷戦下の米レーガン政権は「限定核戦争」という考え方を本気で考慮し、81年には、停止されていた中性子爆弾の開発を再開、83年には神経ガス兵器の生産を可決している。
 アメリカはベトナム戦争で大量の枯葉剤を使用した。枯葉剤は人間を直接殺傷するものではないが、散布された地域での生態系破壊、大量の奇形児の発生が広く知られるようになったのもこの頃ことだった。80年代には、イラクのフセイン政権が、イラン・イラク戦争の末期、毒ガスを用いてクルド人の大量虐殺を行っている。冒頭にも引いたナチスの毒ガスによるユダヤ人大量虐殺以来、これらに共通する意図は「自軍兵士が直接戦闘で傷を負わず、大量の異物を排除すること」だろう。
 その背後にある心理は、シャアが30バンチコロニーの虐殺の理由をカミーユに説明する時に語った、地球在住者たちのニュータイプへの恐怖と、基本は同じである。人類が歴史上抱き続けている「異物への恐怖」だ。
 ナチスが唱えた人種差別主義は、裏を返せば、第一次大戦後、大量に流入してきたユダヤ人やジプシーなどへの脅威感の産物だった。同じように、ベトナム戦争当時、アメリカの健全な白人中産階級に育った兵士たちにとって「ジャングルに潜む黄色人種の共産主義者たち」は「理解できない異物」の集団であり、白兵戦によらずゲリラの隠れる場所自体をなくしてしまおうという、枯葉剤の使用は、いわばそんな恐怖心からの暴走行為だった。80年代を通じて戦争状態にあったイラクも、イスラム教シーア派やクルド人などの異物に対し同じことを矮小に繰り返す。
 しかし、かつての時代、こうした大量殺戮兵器のによる虐殺は、一大軍事国家の正規軍のみが行える行為だったそれが、オウム・サリン事件を経て、911テロで決定的になる、戦争とテロのボーダレス化によって、大量殺戮兵器の拡散をもたらされることになる。
 個人で原爆を製造した男が日本政府を脅迫する映画『太陽を盗んだ男』はファーストガンダムの放送された1979年の作品だった。それから四半世紀の現在、一宗教団体が毒ガスを製造し、インターネットで高校生にも爆弾の製造方法が簡単に手に入り、そしてイラク、パキスタン、北朝鮮と核保有疑惑国が広まる一方の状況は、それが空想的とも思えないものがある。
 ティターンズによる30バンチ住民への毒ガス使用は、正規軍組織の中の特殊部隊の暴走という形を取っていたが、その後到来する、「異物への恐怖」の病的に蔓延化した社会の到来、戦争とテロのボーダレス化を暗示する行為だったと読み取れなくもない……。

機動戦士Zガンダム (はてな)

 
 
B A C K
T O P
 
 
Copyright © 2007 Gaikichi Ashihara. All Rights Reserved