■過去商業原稿  
 
ハマーンと混迷の時代の女性指導者
  (初出:『Zガンダムヒストリカ』09号(2005年11月)講談社)
  『機動戦士Zガンダム』劇中のキャラクターや出来事を、同時代の現実世界のトピックにからめた「コラム現実認知」というシリーズで書かれた。この回のお題はアクシズの旧ジオン軍の女リーダー、ハマーン・カーンについて。

 
 

 ハマーンが、若干20歳そこいらで、女性の身でアクシズの実質的独裁者となっているのは異様だが、時代の変動期には、若すぎる指導者や、女性の指導者の登場も決して珍しくはない。
 富野由悠季監督の小説版Zガンダムでは、ハマーンは、旧ドズル派の実力者マハラジャ・カーンの血縁であったとされている。これと似た構造で、やはり'86年には、フィリピンでは前政権で暗殺された政治家ベニグノ・アキノの妻コラソン女史が大統領に就任した。この他、パキスタンのベナジル・ブット首相、インドのインディラ・ガンジー大統領など、アジア諸国には、意外にも、女性の指導者が少なくない。その多くは、有力者の妻や娘だったという血縁的理由である。これは、貧富の差が激しく、どうしても少数の有力者で国家が運営されてしまう途上国ゆえの事情を反映している。
 これは決して、日本にも他人事ではない。実際、そう考えなければ、元総理の娘というだけで、政治家としての実績は未知数のまま大臣となった田中真紀子や、若干20代半ばで父親の地盤を引き継いでしまった小渕優子の人気は説明できないだろう。そう、今の日本のように、高度経済成長期のような大きな政治目標が既に達せられてしまった後の、豊かな大衆社会でも、いや、むしろ豊かな大衆社会だからこそ、指導者に求められるのは、政策実務能力の中身もさることながら、人望や「キャラ立ち」であるという側面はある。そこで「父の遺志を健気に継いでいる娘」というイメージが支持される構造も、もっともな話だろう。
 さて、女性の指導者といえばそれだけで平和的でリベラルなイメージを持たれることがあるが、必ずしもそうでもない。それを示す例が、まさにZガンダム放送当時のイギリスのサッチャー首相だった。「鉄の女」と呼ばれた彼女は、'82年には、アルゼンチンとの間でのフォークランド紛争を果敢に乗り切って見せている。だが、彼女は、70年代の英国が、かつての大国の栄光を失い、男の保守政治家が自信を失いかけた中で登場したとも言え、既存の利権に縛られることなく、各種公共機関の民営化などを断行した。
 強権的な女性指導者を生むのは、男が情けない時代である。そんな意味でも、ハマーンに似ていそうなのが、意外に思われるであろうが、清朝の西太后かも知れない。ミネバのような幼帝を操った母権的独裁者である。彼女を生み出したものは、一年戦争ならぬアヘン戦争の敗戦で父権の失墜した末期清朝の退廃である。西太后は、旧ジオン公国時代で時が止まったようなアクシズと同様、開化派を退け時代錯誤の政策を断行した。そんな彼女の周囲は、薬漬けの強化人間ならぬアヘン漬けの宦官たちだった。だが、そうして権勢を誇ることが、この女帝なりの、男社会への復讐だったと見えなくもない。
 独裁者ハマーンは確かに歪んだ女性だったが、彼女が多くの観客を惹きつけるのは、そんな時代の悲劇性を暗示し、男社会の側の問題をも突きつけてくるからなのかも知れない……。

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