Movie Review ワ

「ONE PIECE オマツリ男爵と秘密の島」’05日
監督 細田守
原作 尾田栄一郎
脚本 伊藤正宏
作監 すしお、久保田誓、山下高明
音楽 田中公平
評価 ★★★

<内容>
ボトルに入れられた招待状を拾ったルフィー海賊団一行は、誘い文句に誘われてオマツリ島へとやってきた。そこで彼らを待ち受けていたものは一大リゾート施設ではなく、オマツリ男爵とその仲間達による試練だった。いくつもの試練をくぐり抜けるルフィー一行ではあったが、その勝利とは裏腹に彼らの絆には少しずつヒビが入っていくのだった…。

<感想>
ベースは言うまでもなく、少年ジャンプの看板マンガ「ONE PIECE」の劇場アニメ(これが第6弾)。これだけならこのサイトで紹介するものでも無いのだが、今回の監督は細田守。ここでちょっと細田監督について解説。

幾原邦彦の少女革命ウテナへの参加や、監督作品デジモン劇場版1&2などで、彼の名前を記憶した方も多いと思うが、それは一般のアニメファンよりサブカル系にアンテナをはった人達のほうが多かったかも知れない。その後、東映からジブリに出向し、監督(脚本は吉田玲子)として作品を作ることになったのだが、ジブリからの相変わらずな横槍で作品は中座。宮崎駿による仕切り直しにより完成することになった作品のタイトルは「ハウルの動く城」となる。ジブリから放出された細田監督は東映に戻り、TVアニメ「おジャ魔女ドレミどっか~ん」(ドレミシリーズは作品に対する制作者側の子供たちの見るアニメだからこそ、しっかりと作るという真摯な姿勢からもっと評価されて良い作品だ。)の40、49話を演出する。特に40話「どれみと魔女をやめた魔女」は、視聴対象となるお子様のことをあまり考えていないあたりはどうかとも思うが、30分のアニメとは思えない濃密な作品だった。その演出の巧みさには唸らされるばかりだった。その後、村上隆と組んでルイ・ヴィトンのプロモーションアニメを作成したり、ドレミシリーズの後番組「明日のナージャ」にて5、12、26話と演出担当、今回の映画の前哨戦とも言えるワンピースTV版199話の演出を担当して現在に至る。

簡単に解説したが、とにかく作家性のある監督だ。宮崎、押井、庵野と同様に記憶に留めておいたほうが良い監督だ(他にも沢山いるけれど)。

さて、やっと以下から作品内容に関する話。内容に関することについても言及しますので、作品を見ていない方は注意してください。

今作の特徴として、兎に角、気にして欲しいのは特異な作画と演出について。
舞台となるオマツリ島の描写は陰影のしっかりと付いた極彩色の写実的で立体的なのに対し、登場するキャラクター達は陰影の無い均質した塗りで極めて平面的な特質を持つ。また、舞台の外枠である海や空もまた簡単なグラデーションか、均質な塗りとなる。
これが意味するものは、作品世界で主体となるものが舞台となる”オマツリ島”という特異な空間そのものであり、登場するキャラクターは物語を綴っていくのに必要な記号的ものでしか無いということだ。更に、”オマツリ島”そのものも3DCGにより変幻自在に変化させることで、島の本質も実在するリアルなものではなく、舞台装置のようなものであると提示する。

では”オマツリ島”とは何なのか。それは押井守が「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」で見せた、終わることのない永遠の学園祭と同じだ。島の中枢にある島に唯一の花(その造形は洗濯機の排水パイプのよう。)によって、花の栄養とするべく海賊達を釣るための必要要素として(奉仕するために)半死となった島民達。試練と称してお祭り騒ぎで盛り上がるイベント。島民たちは”花”のある限り閉じた世界で永遠を生きる。

しかし、イモータルな存在となった島民達に対し、オマツリ男爵の時間だけは進んでいる。ここに齟齬が生まれ、男爵が海賊を憎む原動力になるとともに、世界(舞台としての”オマツリ島”)の調和に対する綻びが生じさせ、物語が進んでいく(調和が破綻する)原動力となってもいる。具体的に言うならば、オマツリ男爵の島民(元は男爵と一緒に大海原を旅していた海賊達)に対する贖罪の念が、いつしか自分だけが彼らと同じ時間を生きられないという思いにより変質し、他の海賊達への憎しみへと転化し、海賊達が互いに猜疑心を抱き、憎しみあうように仕向けることが自分の存在する意味へとなっていったわけだ。

均質な塗りは記号化の象徴であると先に述べたが、この塗りの単純化によって情報量が削られているわけでは無いことについても言及しておきたい。塗りの色を少なくすることで情報を絞り込んで(先鋭化して)いるのだ。つまり、キャラクターの心理的なものを体の色で、更には空間そのものの色を均質化することで、状況を心象風景のように表現している。このあたりの演出にこそ、細田の才が光る。

ここまで読んで、絶賛口調なのに何故評価は★3つなのかと思う方も多いだろう。それは脚本がそもそも…。 集英社の看板マンガで、フジテレビでアニメを放送、東映映画のドル箱。ここまで制約が多く、脚本家には売れっ子かもしれないが、畑違いの放送作家(主にバラエティ)を起用されては…。メインのキャラはすでに確立した個性と明確な役割分担があるので良いのだけれど、オリジナルのキャラの立て方などがちょっと目も当てられない。要らないとさえ思えるキャラまでいる。
むしろ、この脚本でよくここまで演出したと★4つあげても良いかと思ってしまう。しかし、トータルで見ると★3つが限度。演出で+2、脚本で-1、作画で+2といったところだろう。

脚本がアレな分、細田演出の冴えを見るには良いかと思う。人気作品なのでどんなレンタル店にでも在庫はあるだろう。何かの折に一度見てみてはどうだろう?
しかし、次の監督作品では制約の少ない作品(出来ればオリジナル)で吉田玲子か横手美智子あたりと組んで、脚本に傷の無い作品を撮っていただきたいと思う。