Movie Review タ

「ザ・タブー 暴かれた衝撃」 ’97米
原題 LITTLE BOY BLUE
監督 アントニオ・ティバルディ
脚本 マイケル・ボストン
撮影 ロン・ハーゲン
音楽 スチュアート・コープランド
出演 ライアン・フィリッペ、ナスターシャ・キンスキー、ジョン・サベージ
評価 ★★★

<内容>
テキサスの田舎町、場末の酒場にて一人の男が殺される。その男の職業は私立探偵。何かを追って、この町に来たらしい。そしてその何かを男は知ったらしく、死の直前に依頼人に電話にて調査の結果を伝えていた。
おぞましくも悲しい物語は、19年前の事件に端を発していた・・・。

<感想>
紛らわしい邦題により、禁断の関係を知られたことによる殺人劇だと勝手に想定をして見始めた。すると、物語冒頭から?の嵐。何故探偵は殺さなければならなかったのか?依頼人は誰?突発的犯行か?母と子が近親相姦を始めてしまったりするなどの描写もあるが、父親の強制によるものだ。性倒錯映画か?等々。「おいおい、なんなんだ?何が言いたいのこの映画?」と頭の中はパニックに。中盤には二人の幼い弟が長男の子供という事実が空かされる。
終盤、そこかしこに散りばめられた伏線的描写の意味が明らかにされ、物語は収束へと向かう。しかし、登場人物の心情が作品中にあまり語られないため、謎は解明されても暗鬱な気分が後を引く。母親は何を思い、父親は何を思っていたのか。残された死者の躯は何も語らない。なんともやるせない気分にさせてくれる映画だった。

「ダブルチーム」 ’97米
原題 DOUBLE TEAM
監督 ツイ・ハーク
撮影 ピーター・ポウ
出演 ジャン=クロード・ヴァン・ダム、デニス・ロッドマン、ミッキー・ローク
評価 ★

<内容>
元CIAのスペシャル・エージントのジャックは、宿敵とも言うべきテロリスト、スタブロスを逮捕するための作戦への協力を請われ、これに参加する。スタブロスが遊園地に現れるという情報を得た彼等は、待ち伏せをした。姿を現したスタブロス、そこには彼の妻と子供の姿があった。ジャックは妊娠中の妻を思い、作戦の執行を躊躇する。
異変を機敏に察知したスタブロスは、麻酔銃を構えて狙いを付けていた狙撃手を殺す。CIAの特殊部隊は混乱し、スタブロス等を攻撃し始める。そしてその攻撃により、スタブロスの妻と子供は命を失ってしまい、ジャック自身も深い傷を負う。
数ヶ月後、ジャックは任務遂行の失敗により、完全に隔離され、脱出不可能な島に収容される。そこは、死んだとされる様々なエキスパート達が、対テロの最後の防壁として活躍する秘密の基地だった。死んだことにされた彼は、そこで働くしか道が無かった。
復讐に燃えるスタブロスは、ジャックの妻を誘拐し、ジャックに解るように、テロの現場にそのことを告げるメッセージを残す。ジャックは、脱出不可能と言われる島を抜けだし、妻と産まれてくる子供を助けようとするのだった・・・。

<感想>
デニス・ロッドマンにヴァンダム、そしてミッキー・ローク。脳裏に浮かぶのは嫌味なまでに激しい自己主張たっぷりな演技のぶつかり合い。俺が上、俺が上とエゴをぶつけ合っては、ストーリーを無視してまで目立とうとする姿。う、美しいかも??と、期待感は膨らみ、すでに頭の中では自分勝手に映像を組み立てている。
さて、本編を見始める。
ロークを待ちかまえ、襲撃するヴァンダム。混乱する人々の群の中から正確に敵を見つけ射殺する両者。敵を囲む丸いピンポイントの部分だけスローモーション。なかなかイカス演出。おおっ、これは期待できるぞ!
中盤は省略(孤島から脱出するために体を鍛えるシーンはイカス<笑える)
終盤、ローマの闘牛場(<これはミッキー・ロークが望んだのか?)を舞台に決闘。地面の所々には地雷が埋め込んである。両者友に素手で、鍛え上げたというミッキー・ロークはここで自慢げに上半身を露出(<VIVA!プロテイン!)えっ?武器無し。嫌な予感がするなあ。まさか地雷で爆死なんていう最低のエンディングじゃないだろうなぁ?
数分後。強すぎるヴァンダム。ミッキーこれで良いのか?派手なトランクス1枚になって、あの必殺パンチを繰り出すんだ!日本のファンはそれを待ち望んでいるぞ!しかし・・・。
予定調和の如く訪れた最悪のエンディング。何も言うこと無し。そう、思い返して見ると、私はツイ・ハークの映画嫌いでした。ジョン・ウーのように美しいアクションを撮るでもなく、いつも中途半端で詰まらない映画ばかり。畜生!空回りしてしまった、俺の熱い夢を返せ・・・。

「タンゴ・レッスン」 ’97英&仏
原題 THE TANGO LESSON
監督・脚本 サリー・ポッター
撮影 ロビー・ミュラー
振付 パブロ・ペロン
音響 ジャン=ポール・ミュジェル、ジェラール・アルディ
出演 サリー・ポッター、パブロ・ペロン、グスタボ・ナベイラ、ファビアン・サラス
評価 ★★★★

<内容>
女性監督のサリーはパブロのダンスに魅せられ、彼からタンゴを学び始める。上達と共に、彼と深く愛し合うようになるサリー。共にステージに上がるまで成長するのだった。しかし、バブロは彼女の踊りに不満を持つ。彼女が全てを彼に委ねないからだと・・・。

<感想>
12の章(レッスン)かななる今作は、余分な台詞を排し、言葉より雄弁にタンゴが二人の関係を物語っていく。喜びや、悲しみといった解り易い感情だけでなく、心の微妙な動きまで表すタンゴ。緩急で流体的な動き、静止と動作を繰り返すそのリズム、全てが官能的といえるまでに美しい。
作品中、彼女の構想する映画のシーンのみカラーで、その他はモノクロ(一部セピア)の映像となっている。映画の世界は彼女にとって完璧で、タンゴや現実の世界は(彼女にとって)不完全なためにモノクロという設定なのだろうか?(彼女が完全主義的であるということを示す描写は、作品中に何度か表れる)
気になる点は、主役であり監督でもあるサリーの踊り。出来と不出来の落差が激しい。と言うよりは、ベロンとの2度目のダンスシーンでの踊りが突出して良く、他がいまいちというほうが良いだろう。ただ、この作品はどことなく円環構造をとっている。作品の中盤以降、彼女がベロンをメインに映画を撮るのだけれど、そこで語られるスクリプトが、映画中のベロンとサリーの物語でダブってくるのだ。更に、ここらへんの描写は過剰で、映画的。だから、演出の一環なのかも知れない。
個人的には、かなりお薦めな作品。この作品でタンゴに魅せられてしまいました(やろうとは思いませんが。

「ダンサー・イン・ザ・ダーク」 ’00デンマーク
原題 DANCER IN THE DARK
監督・脚本 ラース・フォン・トリアー
音楽 ビョーク
振付 ビンセント・パターソン
出演 ビョーク、カトリーヌ・ドヌーブ、デビッド・モース、ピーター・ストーメア
評価 ★★★★

<内容>
チェコからの移民であるセルマは、失明寸前の体を酷使しながらも工場で懸命に働いていた。同じく失明してしまう遺伝病に冒された息子の手術費を稼ぐために。
やっと目標の金額までもう少しというところにきたある日、遺産を相続し、お金持ちだと思っていた家主から、実はローンの支払いに困っていると告白される。遺産相続も嘘で、すべては浪費癖のある妻からの愛を引き留めたいがために吐いた嘘だったのだと。
セルマは彼に同情し、自分と息子の病気のこと、貯めている手術費のことを彼に告白する。お互いに辛い立場であることを告げることで、苦しみを共有しようと考えて。
しかし、この告白が彼女の運命を狂わせていくことになるのだった…。

<感想>
ミュージカル映画のオーソドックスなフォーマットでは、登場人物の感情が高揚したさいに、皆が揃って踊り出す。この映画も同様に、セルマの感情が高揚した際に、歌って踊るミュージカル特有のシークエンスに突入する。しかし、これまでのミュージカルと徹底的に異なる点は、嬉しいとか悲しいといった、ちょっとした感情の起伏から歌って踊り始めるのではなく、対処が困難な厳しい苦境に立ち入った際に現実から逃避したいという一心から生み出される幻想のような形で、ミュージカルシーンが挿入される。だから、彼女がいくら楽しそうに歌って踊っても、そこにはいたたまれないまでの悲壮感が漂う。虐待を受け続け、自分を守るために精神が分裂を引き起こし、本体は現実から逃避するという多重人格の症例を見ているかのようですらある。

物語のラストシークエンスで監督は死刑制度への反対を訴えているというが、そこから導き出される印象は、ひたすらに過酷な運命を主人公に与え続けた監督への嫌悪感でしかない。同様に、死刑制度への疑問提示という目的で作られた「デッドマン・ウォーキング」での問題提起に比べると、比較できないほどに底が浅い。

しかし、作品を個人の嫌悪で評価することは出来ない。この作品は、確かに力作ではある。細かいところで、物語の破綻はあちらこちらに見受けられるが、全体としての見た際に作品の持つ力には強いものがある。お勧めはしないが、見る価値はある。

「ダンシング・ヒーロー」 ’92豪
原題 DANCING HERO
監督 バズ・ラーマン
主演 ポール・マーキュリオ
評価 ★★★★

<内容>
社交ダンス界の若きスター、スコットは既存のステップでは満足出来ず、新しいステップでダンス界に革新をもたらそうとしていた。しかし、社交ダンス界を牛耳る重鎮達は、彼のそんな行動を全く認めようとしない。パートナーにも去られ、一人孤立する彼。だが、そんな彼にダンスのパートナーにしてくれと頼む一人の女性が現れた・・・。

<感想>
まず、なにに驚かされたといえば、ヒロイン!ちっとも可愛くないんだ(笑)。最初は不細工でも、終盤では見違えるように綺麗になるという黄金パターンを連想し、最後まで見ると、また驚かされた。ちっとも綺麗になってねえ!!思わずオーストラリアには美人が存在しないのでは?といかぶってしまいました。

「沈黙の断崖」 ’97米
原題 FIRE DOWN BELOW
監督 フェリックス・エリンケス・アルカラ
脚本 ジェブ・スチュアート
音楽 ニック・グレニー=スミス
出演 スティーブン・セガール、マーグ・ヘルゲンバージャー、クリス・クリストファー
評価 ★★☆

<内容>
環境保護庁の調査官であるジャックは、産業廃棄物が不法に投棄されているという投書を受け、調査を開始した。
身分を隠さなければならない彼は、自然な形で町の住人から情報を引き出さねければならない。そこで彼は、無料の奉仕活動として家の修繕などを行い、町に解け込もうとするのだった・・・。

<感想>
セガール主演作品全てに共通することだけれど、映画の中における彼は超人だ。設定上のライバルも、彼にはまったく歯が立たない。傷を負わせるにしても鼻血がせいぜいで、それすらセガールが俺を殴ってみろとばかりに構えを解いての状況によってのことだ。だから、観客は彼が窮地に陥るというシーンを見ることが無い。ハラハラどきどきという緊張感がまったくもって欠けているのだ。これがプロレスならば、観客は許さないだろう。相手を目立たせ、自分はそれ以上に目立って勝ちをおさめる。これが美しい(プロレスの)戦いというものだ。しかし、セガールの頭の中にははなっからこのような戦い方など無い。彼の戦いの美学は一撃必殺なのだ。相手を一撃で倒す。これは特殊工作員時代(眉唾だけどね)に培われた、彼の戦いの哲学なのだ。そう、私はこのような彼の戦いが見たいが為に、彼の出演作品を欠かさず見ている。(と言っても、笑いながら見ているんですけどね)
さて本作です。まず、邦題だけに目を通すと沈黙シリーズ(<日本のみで通用)ということになっていますが、例の戦うコック長は出てきません。環境問題を取りあげているので、沈黙の要塞に近いといえば近いのですが、あれと同じく作品中ではまったく環境保護にならないことばかりしています。というか、汚染を拡大するようなことばかり。まあ、それがセガール映画のお約束なんですが、常識をあまりに逸脱しているので、真面目な人には不謹慎極まり無いものに見えてしまいます。って、そんな人は、初めからこのような映画を見るわけないですね(^^;
で、この映画はセガール映画としては久々にヒロイン(どこかで見た事があると思っていたら、スピーシーズに出演していた女優(科学者役)でした)が登場します。父親を殺害した疑いで投獄されると言う経歴をもつ女性です。その過去のせいで、町の住人からは村八部にされているというおまけ付きです(さらにもう一つおまけが付くんですけどね)。で、セガールとしては初のロマンスも設定されてるんです(ハード・トゥ・キルも少しロマンスの要素はありましたが)。でも、展開はコテコテで、男性中心の都合のいいものです。まあ、それでこそセガールなんですけどね。
と、Going my wayを貫き通すセガール・ムービーなんで、お好きな人だけ見てください。

「ツイスター」 ’96 米
原題 TWISTER
監督 ヤン・デ・ポン
脚本 マイケル・クライトン、アン=マリー・マーティン
特殊効果 I.L.M
音楽 マーク・マンチーナ
出演 ヘレン・ハント、ビル・ハクストン、ジャミ・ガルツ
評価 ★★★

<内容>
気象学者のジョーは竜巻を専門に研究している。
未だ、多くが謎に包まれた竜巻。その竜巻に対して、非常に効果的な計測を行える機材を手にした彼女は、果敢にも荒れ狂う暴風の渦に挑むのだった・・・。

<感想>
「ストーリーは映像の二次的な付随物に過ぎない」と、この物語の場合は言い切って良いかもしれない。それほど、I.L.Mの創り出したCGの効果は絶大だ。そしてその効果により、今作と過去の竜巻を主題に据えた映画とは一線を画すことに成功している。
とにかく、映像のマジックを十二分に楽しんで下さいとしか言えない。新しく手にいれたおもちゃを弄ぶように、いささか過剰な使い方ですが、ハラハラ感を減衰させるほどのことでは無いので許容範囲。とにかく、竜巻に舞飛ぶ牛を見てください。

「時をかける少女」’06日
監督 細田守
脚本 奥寺佐渡子
アニメーション制作 マッドハウス
キャラクターデザイン 貞本義行
作画監督 青山浩行、久保田誓、石浜真史
美術監督 山本二三
音楽 吉田潔
主題歌 奥華子
評価 ★★★★☆

<内容>
高校2年生の紺野真琴は、男友達の千昭、功介と連んで野球に興じたりと、毎日を楽しくおかしく過ごしていた。そんな彼女はひょんなことから時間を跳躍し過去に飛ぶことが出来る能力(タイムリープ)を得る。彼女は妹に食べられてしまったプリンを食べるため、酷い点数だったテストで満点を取るため、カラオケで時間を気にすることなく歌うためなど、慎ましい欲望の赴くまま能力を使いたおしていく。しかし、功介が後輩に告白されたことで歯車が徐々に狂い始めていくのだった…。

<関連情報>
今作は筒井康隆原作「時をかける少女」から20年後という設定の続編的内容を持った作品となります。前作のヒロイン芳山和子も主人公の叔母さんという設定で登場し、真琴に様々な助言を与えます(愛称である魔女おばさんは、細田が監督を行った「おジャ魔女どれみドッカ~ン!」第40話「どれみと魔女をやめた魔女」に登場した魔女を彷彿とさせます。ちなみにこの魔女のCVは原田知世)。
監督の細田守は東映出身のアニメーター、演出家です。監督の来歴などは「ONE PIECE オマツリ男爵と秘密の島」のレビューの方に書いてありますので、そちらを参照して下さい。

<感想> ※ ネタバレを含むので、本作を未見の人は注意して下さい。
主人公の真琴はとにかく駆ける。学校に遅れないため、美味しい物を食べるため、友達の恋を応援するため、 そして大好きな人に会うために…。

物語は基本的に7月13日から15日にかけて展開します。そしてその期間内、主人公の真琴は何度も時間を遡上しては人生をやり直します。それは作中で真琴の口からも語られるようにゲームをリセットする感覚。たいしたことでも無いのに力を使ってしまいます。それはとても無邪気な使い方で、物語を明るく楽しく牽引してく原動力となっています。

タイムリープという要素を抜くと、物語は至極シンプルな三角関係の恋愛劇となります。安定した関係を気づいていた三人に第三者が絡んでくることで違和が生じていくというものです。ここに時を遡ることでやり直しが効くという要素が入ることにより物語りは変わっていきます。同じシーンが何度も出てくることになるわけですが、微妙な差異を加えたり、ロケーションは同じでもシチュエーションは全く異なるものにしたりと。そして、ここで細田監督の演出が冴えます。例えば、カラオケのシーンでは同じ構図のまま、微妙な差異(注文する飲み物を換えたり)を加えておもしろみを出します。三者の関係の分岐点となるシーンは「どれみと魔女をやめた魔女」の回と同じようにY字路を出すことで強調してみたり。極めつけは川の土手でのシーンで、中盤に千昭に告白されるシークエンスと、物語ラスト近くでの別れのシークエンス。真逆に近いような意味合いのシークエンスを同じロケーションで見せることで、別れの切なさを巧みに強調します。加えてこの別れのシークエンスですは、ダメ押しのように真琴の前に自転車を二人乗りする男女を登場させます。真琴の前にありえたかも知れない二人の未来の象徴のように登場させるのです。ここで真琴に号泣させることで、如何に千昭という少年の存在が大きかったのかと彼女の中でも分からせます。嫌みなほど巧い見せ方です(おかげで私まで泣かされました)。

その他にも、言葉に依らず、シーンの構図やキャラクターの立ち位置、画面中にある物で状況を説明したりしています。タイムリープの契機となるガジェットなどは胡桃の形をしているのですが、これは胡桃が堅いからに覆われていることから「秘められた物=秘密」や英知の実といった意味が込められているのかと思います。この辺は作品を何度も見返すことで分かってくることと思います。そして、何度も繰り返して見ることが出来るほど、この作品は良くできています。これまでの細田作品と異なり、制作費以外での縛りはほとんど無かったのでしょう。タイアップにより下手な芸能人を声優に迎えていませんし、スポンサーによる主題歌のごり押しもありません。奥華子による主題歌「ガーネット」と挿入歌「変わらないもの」などは、作中人物の心情(前者が真琴で後者が千昭)を歌い上げており、作品世界に見事にはまりこんでいます。もちろん脚本の制作に関しても全面参加しています。兎に角、細田監督の意志が細部にまで行き渡った映画です。細田監督の総決算とでもいうべき作品ともいえます。ここまで映画作品をコントロールする機会など滅多にあるものではありません。そういった意味ではとても奇跡的な作品とも言えます。

べた褒めですが、気になる箇所がないわけでもありません。主要な登場人物は高校生なのですが、彼等の恋愛行動は今の現役高校生のメンタリティーとしてどうなの?とか、現代を舞台にしているのに、出てくるオブジェのそこかしこに70年代末から80年代中期ぐらいまでのものとしか思えないようなものが数多くあったり、タイムリープ関連のイベントにはちょっと首をかしげる箇所もいくつかあります。とはいえ、これは作品の瑕疵になるようなものでもありません。登場人物の恋愛模様は前作や大林版の映画やNHK制作の「タイムトラベラー」などの作品群とも通底するような初々しさで、この辺を見ているそうにはたまらなかったりします。

青春回顧のアニメと思ってみるのも良いですが、作品自体の完成度が高いので、普通に万人に勧められる映画ではないかと思います。個人的にはここ数年で一番面白いと思った映画です。

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「D.N.A.ドクター・モローの島」
原題 D.N.A.
原作 H.G.ウェルズ
監督 ジョン・フランケンハイマー
脚本 リチャード・スタンリー、ロン・ハッチソン
音楽 ゲイリー・チャン
SFX スタン・ウインストン
出演 ヴァル・キルマー、マーロン・ブランド、デビッド・シューリス
評価 ☆

<内容>
漂流の末、辿り着いたのはDr.モローという高名な化学者の支配する島。そこには博士が人間と動物の遺伝子を操作して産れた、モンスターのそうくつだった・・・。

<感想>
H.G.ウェルズ原作による「Dr.モローの島」のリメイク作品。主演はヴァル・キルマーとなっていますが、「ネイキッド」でカンヌ映画祭にて主演男優賞を受賞したデビット・シューリスが主役です。(いくら知名度が足りないからとはいえ、ヴァル・キルマー主演と言い切る東宝の戦略はどうか?と思います)

特撮ヒーローTVから飛び出してきたようなチープ過ぎるモンスターに唖然。次いで、ヴァル・キルマー主演じゃないと知り、ギャフン。そして、あまりにも御粗末な物語に、ただ涙。
ええっ、見る前から嫌な予感は有りました。でも、ヴァル・キルマーが出演しているからそれほどひどい映画では無いだろうという希望的観測も・・・。
2度とこの作品に目は通しません。

「ドーベルマン」 ’97仏
原題 DOBERMANN
監督 ヤン・クーネン
原作・脚本 ジョエル・ウサン
撮影 ミシェル・アマチュー
音楽 スキゾマニアック
出演 ヴァンカン・カッセル、モニカ・ベルッチ、チェッキー・カリョ
評価 ★★★☆

<内容>
神の洗礼の直後に銃の洗礼を受けた、天性の犯罪者ドーベルマンことヤン。一味を率いて、今日も銀行を襲撃する。彼を追うは、警視クリスチーニ。手段を選ばぬ極悪な捜査によって、彼等の居場所をつきとめていくのだった・・・。

<感想>
コミックを意識したカット割りと派手な演出により、かつてのフランス映画にはみられないほどのスピード感が感じられる。ハリウッドのアクション映画よりも、そのストーリー展開は速いかもしれない。
登場するキャラクター達も、いかにもコミックを意識したものになっている。聖書の中に
手榴弾を隠し持つ神父(趣味は覗き)など、その典型だろう。
極悪VS凶悪という構図により、当然の結果として、作品はヴァイオレントな描写に満ちている。現実からかなり遊離した物語ではあるが、感化されやすい人には見せないほうが良いだろう。
しかし、この種の作品がメジャーの市場に氾濫するのもどうか?と、ちょっと考えさせられた。本当に、洒落の分かる人だけ見てください。

「デッドマン・ウォーキング」 ’95米
原題 DEAD MAN WALKING
監督・脚色・製作 ティム・ロビンス
原作 シスター・ヘレン・プレイジョーン(徳間文庫)
撮影 ロジャー・ディーキンズ
音楽 デヴィッド・ロビンズ
出演 スーザン・サランドン、ショーン・ペン
★★★★☆

<内容>
カトリック教会のシスターであるヘレン・プレイジョーンは、死刑囚から文通を申し込まれる。申し込んだ囚人は、若いカップルを強姦・殺害した罪により死刑を求刑されているマシュー・ボンスレット。
面会してみると、彼は無罪を主張し、上訴の為の協力を依頼してきた。シスターたる彼女が救いの手を振りほどくことなど出来るはずが無く、協力を受諾する。
上訴裁判にて殺害された二人の遺族と出会い、何故彼の側に着くのか?救われるべきは殺された子供を持つ我々遺族の側では無いのか?と糾弾される。当惑し、思い悩む彼女。その後も、この死刑に関わる様々な人々たちとの出会いが、彼女に様々な想いを喚起させる。

<感想>
物語のラスト・シークエンス、監督は私達に二つの死を提示する。その様の違いはあったとしても、共に望まぬということで同等の意味を持つ死。ここで私達は、傍観者であるとともに、執行者としての視点も持ちあわせる。安易な感動は、物語の意味性を剥奪する行為として許されない。誰もが、この二つの死と向かいあい、思索することを要求される・・・。

「デンバーに死す時」 ’95米
原題 THINGS TO DO IN DENVER WHEN YOU'RE DEAD
監督 ゲイリー・フレダー
脚本 スコット・ローゼンバーグ
撮影 エリオット・デイヴィス
音楽 マイケル・コンヴァーティノ
評価 ★★★

<内容>
「セイント」と呼ばれる元ギャングスター、ジミーは、かつてのボスから突如仕事を依頼される。会社の資金繰りに困っていた彼は、弱みを握られているということもあり、その仕事を請け負う。そして、彼はかつての仕事仲間4人を集め、仕事を行う。しかし、計画に予想外の因子が入り込んだため、仕事は失敗に終わってしまう。ボスの怒りを買った5人には抹殺の命令が下され、仲間が一人、二人と殺されていく・・・。

<感想>
惜しい。と言うより、何故このキャスティングと脚本でこのレベルなのか?と問いたい。演出力が問題なのか、役者の映画に対する想い入れの足りなさが反映されたのか?うーん、ほんとうに惜しい。とは言いつつ、細かいところに結構光ものがあるので、そこら辺を感じとりながら見れば充分楽しめます。

「12モンキーズ」 ’95米
原題 12MONKEYS
監督 テリー・ギリアム
脚本 デヴィッド・ピープルズ、ジャネット・ピープルズ
原案「LA JETEE」クリス・マルケル
出演 ブルース・ウイリス、マデリーン・ストウ、ブラッド・ピット
評価 ★★★☆

<内容>
1996年12月28日、謎の細菌により人類の大半は死滅してしまった。生き残った極少数の人たちは生活の場を地下に移し、細菌の秘密を究明しようと過去の世界に人間を送り込んでいた。ジェームズはその中の一人に選ばれ、1990年代へと送り込まれるのだった・・・。

<感想>
昔からテリー・ギリアムという監督と脚本家デヴィッド・ピープルズは、基本的にSFの素養があまり無い人だと認識していた。そして、案の定今作においても、設定におけるSF的ディテールは荒い。タイム・トリップにおけるパラドックスあたりにそれは顕著に現れている。
とはいえこの監督、悪夢のような未来世界や、救いの無いエンディングを作らせたら当代一を争うほどの才人。<褒めているのか?
今作でも、その才能はいかんなく発揮されています。出演がメジャーだから内容までメジャー化したのでは?と危惧を抱いていた監督のファンの方々。安心して下さい。いつも通りにです。じっくり堪能してやって下さい。

「ドラゴンハート」 ’96米
原題 DRAGONHEART
監督 ロブ・コーエン
脚本 パトリック・リード・ジョンソン、チャールズ・エドワード・ポギー
音楽 ランディ・エデルマン
特殊効果 I.L.M
出演 デニス・クエイド、ショーン・コネリー、デヴィッド・シューリスト
評価 ★★

<内容>
王が戦で討死にし、王子もその戦で瀕死の重傷を負ってしまう。王子のお目付役である騎士ボーエンと王妃アイノンは、ドラゴンの住む洞窟へとやってきた。ドラゴンの使う古の魔法ならば王子の命を救えると考えたからだ。良き王になるとの契約を交わして、ドラゴンから心臓の半分を貰う王子。その力で命を永らえる。
数年後、成長した王子は民衆に圧政をしいる暴君と化してしまう。全ての原因はドラゴンの心臓にあると考えた騎士ボーエンは、ドラゴン・スレイヤーとなり、王子に心臓の半分を与えたドラゴンを殺す決意をするのだった・・・。

<感想>
ドラゴンの出演する映画の最高傑作は、ディズニーの「ドラゴンスレイヤー」じゃないかな?生贄から逃れる為に男装するヒロインと魔法使いの弟子とのロマンスも良い味出ていたし、物語自体も特殊効果だけに頼るでなく、しっかり作られていた。
そしてドラゴン・ハート。正直言って、あまり面白くなかった。確かに、騎士と共に歩き、会話するドラゴンの存在は圧倒的だ。しかし、ファンタジーの肝となる肝心の物語が面白く無い。それに、アーサー王伝説出しといて、エクスカリバー出さないなんて、鰻の乗っていない鰻丼みたいなもんだぞ!