Movie Review サ

「サイドウォーク・オブ・ニューヨーク」 '01米
原題 SIDEWALKS OF NEWYORK
監督・脚本・製作 エドワード・バーンズ
撮影 フランク・プリンジ
出演 エドワード・バーンズ、ロザリオ・ドーソン、ヘザー・グラハム、ブリタニー・マーフィ、デビッド・クラムホルツ、スタンリー・トゥッチ
評価 ★★★

<内容>
彼女に振られて同居していたアパートを追い出されたTVプロデューサーのトミー。仕方なく、上司兼悪友の家に居候をしながら、新居を探すことにした。
離婚歴のある女性教師マリアはビデオレンタル店にてトミーに声をかける。彼の見ていたビデオがどうしても見たかったから。
マリアの元夫ベンはミュージシャンを目指しアルバイト中。立ち寄った喫茶店のウエイトレス、アシュレーに一目惚れをする。
アシュレーは歯科医のグリフィンと不倫中。身体だけの関係に空しさを感じ始めていた。
グリフィンの妻アニーは夫の浮気を感じ取っていたが、何も言い出せないでいた。そんな彼女の仕事は不動産関係。今日の顧客はトミーだった…。

<感想>
ドラマパートとインタビューパートが交互に展開されていく。インタビューはその前のシーンに関連するような質問となっていて、ドラマシーンにおいては言葉として表層に出てこなかったキャラクターの胸中が吐露される。この手法により、ドラマパートだけでは曖昧な登場人物の輪郭(性格など)が観客に伝わることになる。また、許可を受けることなくありのままのニューヨークを撮影したことと相まって、ドキュメンタリーに似た印象を与える効果も加えている。

物語は3対3の男女関係が交錯しながら進んでいく。話題の大半は恋愛。特にはセックスと愛について。日本や韓国で撮ったら画一的なドロドロの愛憎劇になるような話だが、エドワード・バーンズ監督らしく、展開はドライでユーモラス。たまに考えさせられるような意味深な台詞もあり。
ちょっと斜め上から人間模様の悲喜交々を描写してユーモアとペーソスの溢れる品を作ってみましたよというような姿勢は、監督の敬愛するウッディー・アレンにかなり近い。よって、ウッディー・アレンが駄目という人には退屈な作品に感じてしまうかもしれない。

「誘う女」 ’95米
原題 TO DIE FOR
監督 ガス・ヴァン・サント
脚本 バック・ヘンリー
原作 ジョイス・メイナード(講談社文庫「誘惑」)
音楽 ダニー・エルフマン
出演 ニコール・キッドマン、マット・ディロン、フォキアン・フェニックス
評価 ★★★☆

<内容>
1980年のアメリカで実際に起こった事件を元に脚色したドラマ。
スーザンは強烈な上昇指向を持ったブロンド美人。一流のニュースキャスターを目指し、ローカル局で働いていた。高校生達を対象にしたインタビューを行うなど、地道にキャリアを重ねる彼女。しかし、「仕事を辞めて、一緒に店を手伝ってくれ」と夫に頼まれる。将来の為に、夫は障害になると考えた彼女は、少年を誘惑し、夫の殺害を計画するのだった・・・。

<感想>
粗筋だけ読むとB級サスペンスだが、監督が一癖も二癖もあるガース・ヴァン・サントと言うことで、期待が膨らむ。
-視聴後-
案の定、癖のある映画。そして、配役の妙!最後まで妻を疑うこと無く殺された夫を演じるマット・ディロンも素晴らしいが、80年代ポップ・カルチャーの歪んだ象徴(実はそれが真実の80年代だったりするけど)を演じる、ニコール・キッドマンがさらに良い!白痴的ポップを象徴するパステル・ピンクのスーツを纏い。空虚な笑顔で、中身無しの主人公を見事に演じている。ジョディー・フォスターやメグ・ライアンでいくという話もあったらしいけれど、彼女たちではこの完成度は無理でしょう。ジョディーじゃ硬すぎるし、メグ・ライアンでは癖が強い。やはり、これまでも中身の無い飾り(記号と言ったほうが良いも)としての女性役が多かったニコールに、一日の長があるでしょう

「サークル・オブ・フレンズ」 ’95アイルランド・米
原題 CIRCLE OF FRIENDS
監督 パット・オコナー
原作 メイブ・ビンチー
出演 クリス・オドネル、ミニー・ドライヴァー、ジェラルディン・オウラ、 サフロン・バローズ
評価 ★★★☆

<内容>
ベニー、イブ、ナンの3人は同じ大学に進学した幼なじみ。学業に励む傍ら、ベニーはラクビー部のジャックと、ナンは年の離れた貴族サイモンと恋に落ちる。
着実に愛を育むベニーとジャックであったが、カトリックの教えが深く浸透している土地で育ったがために、セックスへの欲求と禁止の対立で悩んでしまう。
一方ナンは、サイモンとの恋に身を焦がし、やがて、サイモンの子を身に宿す。彼に結婚を迫るが、渡されたのは冷たい言葉と堕胎のためのお金だけ・・・。
思いあまったナンはジャックを誘惑し、体に宿しているのは彼の子供であると偽るのだった・・・・。

<感想>
イギリス映画でも、アイルランドで作られた映画というのは、イングランド、スコットランド等で作られた映画とは違った雰囲気を持つ。それは、特異な歴史的背景や宗教的な理由に因るところが大きいのだと思うけれど、殊映画においては他との差別化を図るという効果をもたらしている。
そこでこの映画、退廃的な愛を描く恋愛映画が多い昨今には珍く、純な恋愛劇を見ることが出来る。これは冒頭にも言ったようにカトリック教徒ならではの恋愛感に因るところが大きいのだけれど、これがとてもほほえましく、好感が持てる。破滅的な恋愛劇も良いけれど、真夏にこういった清涼感溢れる映画を見ていると、心だけは爽やかになり、寝苦しい夜も多少は過ごし易くなってくるというもの。
そして僕がこの映画で気にいっているのは、ベニーに横恋慕する青年。父親の店で会計を担当する従業員なのだけれど、とにかく嫌味な奴なんです。なんとかベニーをものにすようと両親に工作を行ったりするのだけれど、とにかくベニーには嫌われてしまう。そもそも根暗で、油ぎった髪を撫で付けるのが癖と言ったタイプ。周りにいたら張り倒していること間違い無し!ってな感じ。で、こいつが物語中効果的に嫌味効果を発揮し、ストーリーを面白くしているんです。こいつの存在だけでも、見る価値有るとまで断言してしまいましょう。
少々小粒な映画ですが、クリス・オドネルが出演していたり、ベニー役で注目を浴びたミニー・ドライヴァーが、「スリーパーズ」のヒロインに抜擢されたという曰くも付いています。美しいアイルランドの風景と共にお楽しみ下さい。

「サドン・デス」 ’95米
原題 SUDDEN DEATH
監督・撮影 ピーター・ハイアムズ
脚本 ジーン・クインターノ
音楽 ジョン・デブニー
評価 ★★☆

<内容>
舞台はホッケーの決勝戦で盛り上がる巨大ドーム型アリーナ。試合には副大統領も観戦にやってくる。そしてその試合にマッコード(トラウマを抱える元消防士で、現在ドームの警備員をしている)は、別れた妻と住む子供二人を試合に招待した。だが、そこでは観客と副大統領を人質に巨額の身の代金を政府に要求するテロリスト集団(厳密にはちょっと違うけれど)が待ちかまえていた・・・。

<感想>
ジャン=クロード・ヴァンダム主演作品の中ではかなり出来の良いほうだと思います。物語になんのオリジナリティーも見い出せません。しかし、この種のアクション映画はジェットコースターと同じく、瞬間瞬間にハラハラ、ドキドキさせてくれれば良いのです。とはいえ、トマス・ハリスの「ブラック・サンデー」のような傑作が映画で作れないのでsとうか?(「ブラック・サンデー」の映画版は★★★の出来)アクションだけじゃなく、登場人物の背景がしっかり盛り込まれてドラマチックな物が・・・と。

「さまよう魂たち」’96米
原題 THE FRIGHTENERS
監督 ピーター・ジャクソン
脚本 フラン・ウォルシュ、ピーター・ジャクソン
製作 ロバート・ゼメキス
SFX リック・ベイカー、ウエス・フォード・タカハシ
出演 マイケル・J・フォックス、トリニ・アルヴァラード、ピーター・ドブソン
評価 ★★

<内容>
事故で妻を失っていらい、フランクには霊達と会話する能力が備わった。彼はその能力と霊の友人達を使い、詐欺まがいの霊払稼業を行って生計をたてるようになる。しかし、そんな荒稼ぎをする彼の周りで不可解な連続殺人事件が起き、嫌が応にも巻き込まれるようになってしまう・・・。

<感想>
ピーター・ジャクソンの最新作ということで期待して見たのですが、製作担当のロバート・ゼメキス色が濃い、いかにもハリウッドな映画に仕上がっていました・・・・。
監督自身が脚本に参加していますので、所々にジャクソン監督ならではのカラーが出ていますが、以前までの作品からは感じられた毒はほとんどありません。これが「乙女の祈り」や「ミート・ザ・フィーブルズ」と同じ監督の作品とは、俄に信じられないと感じです。
やはり彼の作品は、ニュージーランドの国税で作らないと、良い味が出ないのでしょうか?アメリカで作るならば、ユニバーサルといった大手より、デビィド・リンチ率いるプロパガンダ・フィルム辺りで製作すれば良いと思うのですが・・・。

「三人のエンジェル」 ’96米
原題 To wrong Foo,Thanks For Everything! Julie Newmar
監督 ビーバン・キドロン
脚本 ダグラス・カーター・ビーン
衣装 マーリーン・スチュワート
振付 ケニー・オルデガ
出演 ウェズリー・スナイプス、パトリック・スウェイジ、ジョン・レグイザモ
評価 ★★

<内容>
全米No1のドラッグ・クイーンとなるために、ハリウッドへとキャデラックを走らせる3人組。旅は順調に続いていたが、突然のエンコにより小さな田舎町にて週末を過ごすハメに・・・。

<感想>
おもいっきり、設定をオーストラリアが生んだ名作「プリシラ」から、パクっています。で、こちらは普通の人情映画。音楽の使い方もイマイチで、役者のゲイぶりも悪く、「プリシラ」には遠く及ばない。
同様の題材で、北と南、ここまで作風が違うのか、ということを強烈に認識させてくれます。
どちらが面白いかは・・・。もうお分かりでしょう

「G.I.ジェーン」 ’97米
原題 G.I.JANE
監督 リドリー・スコット
脚本 デヴィッド・トゥーイ、ダニエル・アレキサンドラ(&原案)
撮影 ヒュー・ジョンソン
音楽 トレヴァー・ジョーンズ
出演 デミ・ムーア(&制作)、ヴィゴ・モーテンセン、アン・バンクロフト
評価 ★★★☆

<内容>
軍隊は女性差別を行っているという女性上院議員の訴えにより、テストケースとして、SEAL(米海軍特殊偵察部隊)の訓練に女性を参加させる事になった。選ばれたのは海軍情報部の将校ジョーダン・オニール。しかし、海軍上層部は女性の前線への参加を何としても阻止しようと考えており、SEAL訓練生達も女性が参加することを快く思っていないのだった。
このような状況下で、地獄の訓練は幕を開いたのだった・・・。

<感想>
良くも悪くも、デミ・ムーアが主人公でなければ出来ない映画といった印象を受けました。「素顔のままで」のストリッパー役にて、色気が無いだのとコケ下ろされた結果、自分の資質に合った役を見みい出せたというところでしょうか?
ですがこの映画、とにかく訓練シーンの過激さが凄い。例えば、実践形式の訓練中に足を骨折してもそのまま続行し、その後捕虜(<訓練の中で)になるんですが、痛めた足をを徹底的に痛めつける拷問が行われたりするんです。戦闘の最前線でも、最も危険な任務(人質奪還など)を行うわけですから、生半可な訓練では出来損ないの兵士しか作れないということは分かります。ですが、いくらなんでもこの作品のような訓練では死人が何人も出てしまいますよ。
もちろん軍事関係のアドバイザーが付いているんですが、この人がこの映画の他に手掛けた作品が「ザ・ロック」「コン・エア」ですよ。こんな映画ならべられるとねえ(^^;眉に唾付けながら鑑賞したほうが良いです。
ストーリーも、女性が男性社会で苦労するという類型を描くだけでは無いので、楽しめると思います。
そうそう、監督はリドリー・スコットで、訓練は夜間シーンがやたら多かったです。ですから、彼独特の映像美も堪能できました(<全盛期程ではないですが)
デミ・ムーアが大嫌いな私でも、この映画は楽しく見る事が出来ました。万人向けとは言えませんが、お薦めです。

「ジェイン・エア」 ’96英
原題 JANE EYRE
監督 フランコ・ゼッフィレリ(Ex.尼僧の恋、ブラザーサン・シスタームーン)
脚本 ヒュー・ホワイトモア、フランコ・ゼッフィレリ
原作 シャーロット・ブロンテ
出演 シャルロット・ゲンズプール、ウイリアム・ハート、アンナ・パキン
評価 ★★★

<内容>
両親と幼くして死別したジェイン・エアは、親類の家に預けられるが、厄介扱いされて孤児院へと入れられた。数年後、苛酷な環境の中でも真っすぐに育った彼女は、ロチェスター卿の娘の家庭教師となるために旅立った。
どこか薄暗い影のようなものを感じさせるロチェスター卿。しかし、彼女はすこしづつ惹かれるものを感じた。そしてロチェスター卿も、彼女の誠実な態度に触れるにつれ、次第に頑ななその心を和らげていくのだった。

<感想>
天才少女シャルロット・ゲーンズプールも大人になったなぁ、などと考えてしまったら、もう自分も若くないのか?と感じてしまった。そして、いま広末涼子に熱狂している子供達が、成長しきった彼女を見ても、同じ感慨を抱くのか?などといらぬこと考えてしまった。
と、映画に関係の無い話は脇に置いて本題。
もう6度目の映画化ということもあり、いささか古ぼけたというか、使い古された印象を受けないでも無い。しかし、シャルロット・ゲーンズプール演じるジェイン・エアの印象が新鮮で良く、加えて、この種の古典映画ならではの重厚な演技をやらせたらピカイチのウイリアム・ハートの起用で深みもましている。
「秘密の花園」「若草物語」などの近年に映画化された作品をご覧になり、さらにその種の映画を気に入られた方にはお勧めでしょう。前述の映画より少し内容が重いけれど・・・。

「シクロ」 ’95ベトナム・仏・香港
原題 CYCLO
監督・脚本 トラン・アン・ユン
台詞 グエン・チュン・ビン、トラン・アン・ユン
音楽 トン・タ・ティェ
美術 ブノワ・バルー
出演 レ・ヴァン・ロック、トニー・レオン、トラン・ヌー・イェン・ケー
評価 ★★★★

<感想(粗筋込み)>

「青いパパイヤの香り」は、その豊潤なイメージをして、まさに傑作と言って良い、素晴らしい作品だった。そして、今作はその作品の監督、トラン・アン・ユンの2作目となる作品である。

輪タクの運転手(シクロ)、その姉、やくざ(詩人)の3人を主軸に、物語は流れていく。説明的なセリフは無い。最小限の言葉のみが語られる。そして、言葉以上に雄弁な映像と音楽。
この種の映画は、あまり言葉で飾りたてられることを望まない。語られるべきことは全て作品の中にある。ただ、そこから得られるイマジネーションを純化したり、醸造することのみが私達に許される。
きらめく様々な光を、その内に秘めた傑作だ。

「シャイン」 ’95豪
原題 SHINE
監督 スコット・ヒックス
脚本 ジャン・サルディ
撮影 ジェフリー・シンプソン
音楽 デヴィッド・ハーシュフェルダー
出演 ジェフリー・ラッシュ、ノア・テイラー、アーミン・ミュラー=スタール
評価 ★★★☆

<内容>
幼少の頃より父親からピアノ奏者となるべく育てられたデヴィッドは、数々のコンテストに出場して評価を上げていた。やがて、イギリスの音楽学校に留学する話が持ち上がった。以前、同じような話を父に無理矢理握り潰された彼だったが、今回は猛反対を押しきって、留学を強行した。留学先のイギリスで彼はラフマニノフの曲でコンステントに参加することを決意する。しかし、演奏時にかかる精神的重圧に耐え切れず、精神(こころ)をおかしくしてしまうのだった・・・。

<感想>
子供への愛情表現が下手で、しかもユダヤ教徒である父親が支配する家庭に生まれついたがために、心に人の何倍もの重圧(抑圧)を幼少期から受けてしまう主人公。そんななかでもがき苦しむ彼の姿は、感動を呼ぶ以前にいたたまれなさを感じ、やるせなくなってしまいます。そして彼の抑圧者たる父親も、幼児期の同じような苛酷な状況下にあったことが作品中で語られることで、彼も被害者であったことが解ります。
しかしこの映画は、父と子の関係を主題にした重い映画ではありません。オーストラリアの監督ならではのドライな感性で、矢継ぎ早にデヴィッドの物語が展開されます。そして、その描写が少々ドライ過ぎて、感動しようと身構えて見ていた私は、肩透かしを食わされてしまいました。
安易に感動しようとして見ると、拍子抜けする作品ですが、見ごたえは充分在ります。デヴィッドという実在するピアニストの存在とその生き様を知るだけでも見る価値は在るというものです。

「小林サッカー」 ’02香港
原題 小林蹴球(Shaolin Soccer)
監督・脚本 周星馳
出演 周星馳、趙薇、呉孟達、黄一飛、田啓文
評価 ★★★☆

<内容>
小林正宗は大力金剛腿を極めた拳法の達人。亡き師の志を継ぎ少林寺の復興を目指しているが、なかなか良い策が浮かばない。友に助け合うべき兄弟弟子達は皆、志を忘れたかのように日常を生きていた。
また一方で、昔は黄金右脚と呼ばれるほどサッカーに長けていた中年の親父が居た。彼は脚を壊したがために燻っているだけの毎日だった。
二人は出会い、そして道は一つになった。方や過去の栄光を取り戻すために、方やサッカーを通じて小林寺拳法を復興させるために…。

<感想>
香港ではトップクラスの人気を持つ周星馳だが、日本での知名度は今一つ。彼の名前をひっくり返したペンネームを持つ作家、馳星周(Ex.不夜城)の方が有名であるという奇妙な捻れまで起きている。しかし、今作によって彼の日本における知名度はかなり上がったといえるだろう。日本で公開された香港映画としては、久々の大ヒットと言える作品だ。

映画の筋立てだけ見ると、梶原一騎の劇画やアパッチ野球団などのマッスル(肉弾)系スポコン漫画に近い(日本のアニメーション「アイアンリーガー」をかなり参考にしたのではないかとの声もあり)。ノリもこれにかなり近いものがあるのだが、小林サッカーはコメディ。しかし、両者の距離はかなり近い。本来、力が入りすぎて空回りしている様が笑えるのと、確信的に入れられた笑いではその質が異なるのだけれど、この作品世界においての差異は少ない。演出の過剰性が両作に通底しているからだろう。

この作品を分析眼的に見る必要は無いが、(この作品と)比較対照されるような70年代の漫画を知っていると楽しめる要素は大きくなる。個人的には、悪玉的サッカーチームのオーナーが故梶原一騎先生の実弟、真樹日佐夫先生にそっくりだった点に大いに感激した。偶然のもたらしたことだが、何か必然的なものを感じてみたりする。久しぶりに大満足できる香港映画だ。

「スウィート ヒアアフター」’97カナダ
原題 THE SWEET HEREAFTER
監督・脚本 アトム・エンゴヤン
原作 ラッセル・バンクス(「この世をはなれて」ハヤカワ書房刊)
撮影 ポール・サロージ
音楽 マイケル・ダンナ
出演 イアン・ホルム、サラ・ポーリー、ブルース・グリーンウッド
評価 ★★★☆

<内容>
雪深い小さな町で、スクールバスがスリップ事故を起こし、湖に沈む。生き残ったのは、運転をしていた女性ドライバーと、少女が一人。事件を聞いた訴訟専門の弁護士スティーブンスは、裁判を起こすために町へとやってきたのだった・・・。

<感想>
清らかに流れる川は美しく、木々にはたわわと果実が実り、丘には美しい花が咲き乱れている、楽園のような世界。そこは、緩やかな緩衝により、外界と隔たれている。そんなCLOSED CIRCLEの世界で、住人達は生まれ、生涯を終える。人も物もそこで循環しているのだ。物語エピローグにおいて独白をする少女の背景には、そのことを象徴するかのように、円環構造を持った遊園地の乗り物が映されている。

死からとり残された少女は、この町のことを誰よりも良く知っている。だから、事件の真相を語るということが、町にとってどういう意味を持っているかも。だから、彼女は偽証することによって事件の幕を閉じる。それは、とてもあっけない幕切れ。真実を暴こうとする弁護士の思いだけが空転する。
物語の端々に挿入される「ハーメルンの笛吹き」の伝承は、物語全体に通底するモチーフのメタファーとなっている。ハーメルン伝説には、色々と説があるが、今作においては、親の罪によって子供たちは消えたのだという暗喩を提示している。
すっきりとしたストーリーでは無いので、もどかしく思われるかも知れない。しかし、全てを語り尽くすばかりが物語ではありません。語られなかったものを考えながら、見ることを薦めます。言葉によるものだけではありませんが、様々な情報が作品中に込められています。

「好きと言えなくて」 ’96米
原題 THE TRUTH ABOUT CAT & DOGS
監督 マイケル・リーマン
脚本 オードリー・ウェルス
音楽 ハワード・ショア
出演 ユマ・サーマン、ジャニーン・ガラファロ、ベン・チャップリン
評価 ★★☆

<内容>
ラジオでペットの相談番組を担当する獣医博士のアビーは、容姿にコンプッレクスを持ち、同じアパートに住んでいるモデルのノエルは、容姿は抜群なのだけれど、知性に対してコンプレックスを持っていた。
物語は、アビーの番組に一本の電話が入ってきたことから始まる。コマーシャルの撮影に使うために保健所から連れてきた犬が、興奮して困っていると言う相談。
アビーの的確なアドバイスによって、問題は無事に解決。感謝した彼は、会ってお礼がしたいと言い出した。イエスと答えるが、容姿に自信の無いアビーは約束をすっぽかしてしまう。
翌日、彼は彼女に会いたい一心で、スタジオにやって来た。アビーは、ちょうどスタジオに遊びに来ていたノエルに自分の振りをして彼に会ってくれと頼む。一目でノエルの美しさに魅せられてしまった彼は、今晩飲みに行こうと誘いをかける。困惑するアビーの心配をよそに、調子にのったノエルは安易にその誘いにのってしまう・・・。
こうして、奇妙な三角関係が始まっていくのだった。

<感想>
物語の構造自体は定番的で、安易な感じ(そこが良いのだけれどね)。
しかーし!気にかかることが一つ。この種の物語でテレフォン・セックスするシーン出すか?ロマンチックな映画が見たいといって母親がレンタル店で借り、家族で見ていたら気まずくて大変だぞ?私はピューリタンでも、ましてカタリ派でも無いのでうるさくは言わないけれど、やり過ぎでは?と思ってしまう。
定形通りのメッセージ性しか持ち合わせていない映画だけれど、ユマ・サーマンが好きなら見て損は無いでしょう。

「スクリーム」 ’96米
原題 SCREAM
監督 ウェス・クレイヴン
脚本 ケヴィン・ウィリアムスン
音楽 マルコ・ベルトラミ
出演 ネーヴ・キャンベル、スキート・ウーリッチ、ドリュー・バリモア
評価 ★★★

<内容>
それは電話から始まった。一方的に出題されるホラークイズ。答えられない者には「死」が待っている。標的とされるのは女子高生シドニー。彼女を殺そうとしているのは父親なのか?それとも友人達の中にいるのか?結末は最後にいたるまで予測がつかない・・・。

<感想>
ホラー映画に対するオマージュによって全編が彩られているが、それらの模倣では無く、オリジナルな作品として成立している。
監督は「エルム街の悪夢」や「サランドラ」、「ショッカー」のウェス・クレイヴンということで、恐怖と笑いが巧みに配置されており、視聴者は感情のジェットコースターといったところ。(ここらへんで、不快感を覚える人が多いかも知れない)
また、予想外の犯人を売りの一つとしているが、本格推理物と異なり、作品中で犯人当てに必要な情報が全て提示されるわけではない。まあ、この映画をミステリーとして見る人はいないと思うけれど、その手のファンは「フェアじゃない!」とか怒らないように

「スターシップトゥルーパーズ」 ’97米
原題 STARSHIP TROOPERS
監督 ポール・バーホーベン
原作 ロバート・A・ハインライン(ハヤカワ文庫)
脚本 エド・ニューマイヤー
撮影 ヨスト・ヴァカーノ(視覚効果:フィル・ティペット)
音楽 バジル・ボールドゥリス
出演 キャスパー・V・ディーン、ティナ・メイヤー、デニーズ・リチャーズ、ジェイク・ビジー
評価 ★★★★

<内容>
軍隊が実験を握る未来の地球は、昆虫型エイリアンと戦争をしている。高校を卒業するリコは、宇宙船のパイロット志望の恋人のカルメンと離れたくないために、親の反対を押切り、軍隊に入隊する。同じ軍隊とはいえ、カルメンとは離ればなれになるリコであったが、訓練に集中し、高い評価を得る。しかし訓練中、彼のミスが原因で戦友を事故で亡くしてしまう。責任を感じるリコは、除隊を決意するのだった。だが、訓練所を後にしようとする彼のもとに、驚くべきニュースが届く。エイリアンの隕石攻撃により、地球が攻撃され、彼の故郷は壊滅したというのだ。リコは除隊を撤回し、憎っきエイリアンを皆殺しにすることを誓うのだった・・・。

<感想>
「マッチョ、マッチョマーン。アイ・ウォナ・ビー・ア・マッチョーマン」と、常にマッチョマンのテーマが流れるような体育界系の世界。脳味噌まで筋肉で出来ているのかと疑わずにいられないほどに、登場するキャラの全てがマッチョ。仕官までもがマッチョな直情型。だから、ストーリーはとてもシンプルだし、軍隊のとる、対エイリアン作戦もシンプル。殺して、殺して、殺しまくるのだ。そして人間も、刺されて、焼かれて、死んでいく。
あまりというか、見ながら何も考えてはいけない。なんで、足を再生するほどの技術を持っていながら、軽装で戦うのか?とか。それ以前に、なんで敵を星ごと線滅してしまわないのか?とか。この映画は、「ショーガール」等、お馬鹿映画を撮らせたら世界でも5本の指に入るバーホーベンの作品。しかもこの作品は彼の作品中でも屈指の大馬鹿映画。ひたすら笑って見てください。私なぞ、腹腸よじれるかと思いました。大爆笑。

「スターウォーズ EPISODE II」 ’02米
原題 STARWARS EPISODE II ATTACK OF THE CLONES
監督・脚本 ジョージ・ルーカス
撮影 デヴッド・タッターサル
音楽 ジョン・ウイリアムズ
出演 ヘイデン・クリステンセン、ナタリー・ポートマン、ユアン・マクレガー
評価 ★★★

<内容>
アナキン・スカイウォーカーがジェダイを目指して10年の月日が流れた。共和国は独立を掲げる星系の続出で、その存在意義が失われようとしつつあった。女王の座を降り議員となったアミダラは和平のために奔走するが、暗殺者に狙われて危うい状況にあった。そこで、オビワン、アナキンの両名を彼女をガードすることになるのだった…。

<感想>
前作の反省からだろう、今作の展開は今風の作品並にスピード感のあるものとなっている。今後の展開があるということもあろうが、エピソードも山盛りだ。組織や人間関係を整理しながら見ていかないとストーリーについていけなくなるかもしれない。
また、今作のエピソードは意図的に「帝国の逆襲」を踏襲したものが多い。事前にこれを見てから今作を見るとより楽しめるだろう。

前作では少女とお子様だったアミダラとアナキンが共にお年頃になったこともあり、ロマンスが盛り込まれ、活劇も派手なものとなった。アミダラは役者が同じこともあり雰囲気が変わった印象は少ないが、アナキンは役者交代で雰囲気ががらりと変わった。才気溢れつつも野性味のある若者という風情が危うさを感じさせ、なんとも良い雰囲気を醸しだしている。この若者の演じるキャラクターならば、ダークサイドへの転向もうまく見せてくれるだろう。実際、今作では次作でのダースベーダーへの転身の布石となるイベントがいくつか納められている。そこでの演技は注意して見ておいた方が良いだろう。
また、今回の目玉の一つは間違いなくヨーダとドゥーク伯爵の対決シーンと言えるだろう。CGによって、過去のシリーズのような人形では到底表現できないようなアクションを見せてくれる。ただ、CGだけによるキャラクターの絡みではなく、実際の人間を対置してのアクションだけに、多少の違和感、不自然さめいたものは感じる。とは言え、マペットの不自然さよりは自然ではある。

ラストである次作はアナキンがダークサイドに取り込まれダースベーダーと化すというバッドエンドを迎えるわけだが、これをどこまで盛り上げてくれるかで今シリーズの評価が決まるだろう。

「スノーホワイト」 ’96米
原題 SNOW WHITE
監督 マイケル・コーン
脚本 トム・ソローシ、デボラ・セラ
撮影 マイク・サウソン
音楽 ジョン・オットマン
出演 シガニー・ウィーバー、モニカ・キーナ、サム・ニール
評価 ★★

<内容>
幼くして母を無くしたリリーは、父親の再婚に対し反感を抱いており、継母としてやってきたクラウディアにはなつこうとしなかった。
数年後、クラウディアはようやく懐妊することが出来た。しかし、息子は死産であった。彼女の中で何かが壊れていくのだった・・・。

<感想>
真っ赤な鮮血に彩られた白雪姫。7人の小人ではなく、7人の浮浪者(金鉱夫)が登場。善良をもって由とする御父兄方にとっては、子供には絶対見せたくないであろう物語。
しかしそこまでやるのならば、魔法という概念を無くしてしまったほうが面白かったのでは無いだろうか?死産により狂気に走る継母という設定のサイコスリラーの方が、怖さという点では数段勝ると思う。
ちょっと惜しい感じのする映画。もう一捻りで傑作だったのに・・・。

「素晴らしき日」 ’96米
原題 ONE FINE DAY
監督 マイケル・ホフマン
脚本 テレル・セルッアー、エレン・サイモン
音楽 ジェームズ・ニュートン・ハワード
撮影 オリバー・ステップルトン
出演 ミシェル・ファイファー、ジョージ・クルーニー、メイ・ホイットマン
評価 ★★☆

<内容>
建築デザイナーのメラニーと新聞記者のジャックは、お互いの子供を課外授業に送り出すことに間に合わなかった。二人ともその日は重要な用事を抱えているために、子供の面倒を見ることが出来ない。そこで二人はお互いの空いている時間を利用し、交代で面倒を見ることにしたのだった・・・。

<感想>
ERのDr.ロスそのものといったジャックのキャラクターから見ても解るように、物語のつくりは安易そのもの。いがみ合う二人が次第に恋心を抱く描写も、無理が多い。しかし役者の魅力と言おうか、ミシェル・ファイファーとジョージ・クルーニーの存在だけで、なんとなく最後まで見ることができてしまう。
お安いソープコメディ程度の出来だが、役者がゴージャスだから視聴に耐えるでしょう。両役者のファンの方は、必見かと。

「すべてをあなたに」 ’96米
原題 that thing you do!
監督・脚本・出演 トム・ハンクス
音楽 ハワード・ショア
撮影 タク・フジモト
出演 トム・E・スコット、リブ・タイラー、ジョナサン・シャーチ、スティーブ・ザーン

<内容>
ワンダラーズはコンテストの賞金目当てでインスタントに結成したバンド。ところが、コンテストの直前になってドラマーが骨折してしまう。代役として立ったガイは、リズムをアップテンポに変えて叩き出す。しかしこれが功をそうし、コンテストで優勝をする。そしてその後、バンドは急激に人気を獲得するのだった・・・。

<感想>
「良くあるバンドの成功譚」と言ってしまうともともこも無いですね。ノー・ドラッグ&ノー・セックス(少なくともカラミの描写は無し)ですから、親の目を気にせずに見ることが出来るといったことが特色でしょうか?かえって、60年代に青春を送った御両親たちのほうが楽しめるかもしれません。そうするとこの映画は、会話の無い親と子の間に架ける心の橋の代わりになるかもしれません。それはそれで嫌な気がしますけれど

「スリーパーズ」 ’96米
原題 SLEEPERS
監督・脚本 バリー・レヴィンソン
原作 ロレンゾ・カルカテラ
撮影 ミヒャエル・バルハウス
音楽 ジョン・ウイリアムズ
出演 ジェイソン・パトリック、ブラッド・ピッド、ケヴィン・ベーコン、ロバード・デ・ニーロ、ダスティン・ホフマン
評価 ★★★☆

<内容>
ちょっとした悪戯のつもりが、事故を引き起こしてしまい、4人の少年達は少年院へと送られた。そこで待っていたのは、監守による性的虐待。心身共に深く傷つく彼等だったが、このことは誰にも口外しないでいようと誓い合った。
13年後、偶然出会った監守の一人を殺害したことにより、4人の復讐劇が幕を開ける・・・・。

<感想>
原作とする物語の重厚さを生かし切るには、147分という長さを持ってしても、まだ短いという気がする。個々のエピソードを深く描写するために、3時間超の大作にしても良かったのではないだろうか?(製作費が膨らみますけれど)

しかし、なにより驚いたのは、町の住人が4人の復讐の手伝いをするということだ。共同体としての村意識がほとんど欠如した東京に住んでいると、そのことがおよそ信じられない。そして、この物語が事実を元に製作されているということで、再び驚いてしまう。十数年前の出来事とは言え、ニューヨークに人侠道が存在するとは信じられない。(でも、この部分はフィクションのような気がします・・・・)

男の熱い友情を描いたこの映画、少々食い足りない気もしますが、まずはお勧め。親友同士で酒を酌み交わして見るのが良いのでは・・・。

「スリング・ブレイド」 ’97米
原題 SLING BLADE
監督・脚本・主演 ビリー・ボブ・ソーントン
撮影 バリー・マーコウィツ
音楽 ダニエル・ラノワ
出演 ルーカス・ブラック、ドワイト・ヨーカム、ロバート・デュバル
評価 ★★★☆

<内容>
母親の情事を目撃した少年(カール)は、怒りにかられて二人を殺害した。25年間後、施設に収容されていた彼は出所することになった。生まれ育った町に帰ったが、彼を迎えてくれるものは誰もいなかった。
コインランドリーの前で休んでいると、持ちきれないほどの荷物を持った少年と出会った。彼との出会いが町の人との接点となり、彼は次第に周りに解け込んでいく。
しかし、少年の母親の情夫による彼らへの虐待を知ったことにより、彼は心の奥底である決意をするのだった・・・。

<感想>
この作品の主人公は、深い悲しみを知る。それゆえに、少年の心に影を落とす辛い境遇にたいして、行動をおこさずにはいられなかった。心の奥底にしまい込んだはずの刃を抜き出し、鬼になる主人公。その悲壮な決意と行動の結果は、真正面から受けとめるにはあまりに重すぎる。
視聴後、胸を絞めつけるよなせつない思いばかりが心に残っていた。

「セイント」 ’97米
原題 THE SAINT
監督 フィリップ・ノイス
脚本 ジョナサン・ヘンズレイ、ウェズリー・ストリック
出演 ヴァル・キルマー、エリザベス・シュー
評価 ★★★

<内容>
カトリックの聖人達の名を語り、世界中で盗みを続ける主人公サイモンは、ロシアを牛耳ろうとしている石油王より、低温核融合の計算式を盗み出すように依頼される。サイモンは得意の変装で、その計算式を導き出したオックスフォード大の女性博士エマに近づくのだった・・・。

<豆知識>
監督のフィリップ・ノイスはオーストラリア出身の映画監督(作品からは南半球的なテイストは感じないけれど)。代表作は、ハリソン・フォードと組んだ「パトリオット・ゲーム」や「いまそこにある危機」、ニコール・キッドマン主演の「デッド・カーム」といったところ(他にも、ルドガー・ハウアー主演の海外版座頭市「ブラインド・フューリー」とかあるけど、マニア向けですね(^^;)

<感想>
何処から見てもヴァル・キルマーとばればれの変装は微笑ましく、彼のファンならば必ず見ておきたいところ。特に詩人への変装(<長髪にしただけ)は、ドアーズのジム・モリソンを思い起こさせてくれたりする。
低温核融合の計算式を巡る争奪戦という図式も、ありふれたアイデアではあるが、無難なところでしょう。しかし、物語にしまりが無いため、途中で何度か意識が散漫になってしまいました。この手の物語に必須のスピード感が、少々物足りないということも、これを助長しています。(同監督の作品に多い傾向ですね)
ということで、ヴァル・キルマーファンや「いまそこにある危機」がお好きな方にはお奨め出来ると思います。

「セブン・イヤーズ・イン・チベット」 ’97米
原題 SEVEN YEARS IN TIBET
監督 ジャン・ジャック=アノー
原作 ハイリンヒ・ハラー
脚本 ベッキー・ジョンストンン
撮影 ロバート・フレイズ
音楽 ジョン・ウイリアムズ
出演 ブラッド・ピッド、デヴィッド・シューリス、ンガワン・ジグメ
評価 ★★★

<内容>
K2初登頂を国家の威信にかけて成功させたいドイツは、オーストリア人の登山家ハラーを登山チームに迎えた。インド経由で登頂をめざした一行だったが、雪崩により計画を断念した。下山した彼らを迎えたのはインドを統治していた英国軍だった。大戦勃発により自国領土内の外国人を捕虜にするために、一行を待っていたのだった。
収容所での生活が2年が経過した頃、ハラーは登山チームの一員であったペーター等と脱獄する。追撃を交わし、彼らはチベットへと逃げのびる。そして、ハラーは首都ラサにて少年ダライ・ラマと出会った・・・。

<感想>
原作者でもあり、主人公でもあるハイリンヒ・ハラーに関しては、色々と黒い噂が聞こえてくる。だからと言うわけでもないのだけれど、この物語を歴史的事実として、頭から信じてしまうことは危険だ。と、ちょっとだけ注意を喚起しておこう。

さて、ストーリーはというと、自己中心的だった主人公が、チベットの人達との出会いにより、他人を思いやる調和的な性格になっていくというもの。それはもう、ありがちなストーリーだ。
また、作品中でチベット仏教の教義に関する描写は極めて少ない。あっても、チベットという国をストレンジなものとして際立たせるようなものばかりだ。ダライ・ラマと主人公の対話も、主人公がダライ・ラマに世界を教えると言う構図ばかりである。西洋優位の視線ばかりがちらついてしまう。主人公とダライ・ラマがお互いに感化し合い、知識の交感がなされるというのならば(作品として)面白かったと思うのだが、どうだろう?
まあ、作品としての評価は今一つと言ったところだけれど、チベット問題を知っていただくきっかけになればと考え、お薦めにします(^^;

以下は余談。
現在アメリカを中心にして、チベット開放をスローガンに掲げた市民運動が盛んに行われている(毎年NewYorkで行われているチベタン・フリーダム・コンサートなんてのはその好例)。今作は、それら運動のためのの援護射撃のために制作されたのではと、感ぐりたくなってしまう。後半部分、中国人民軍に蹂躙されるチベットの描写は、それを裏付けるとは言えないだろうか?