「ラストサマー」 ’97米
原題 I KNOW WHAT YOU DID LAST SUMMER
監督 ジム・キルスビー
脚本 ケビン・ウイリアムスン
原作 ニール・H・モリッツ
評価 ★★
<内容>
独立記念日のパーティーの夜、高校卒業を控えた仲の良い二組のカップルは、海辺へと車を走らせた。そこで彼らは、伝説として伝えられる鉤爪を持った殺人鬼の話で盛りあがる。
帰り道、彼らを乗せた車は、人を轢いてしまう。将来への影響を恐れた彼らは、その人物がまだ生きているにも関わらず、重しを付けて海に沈めてしまった。そして、このことは一生涯の秘密にすることを堅く誓い合った。
1年後の夏、彼らの元に一通の手紙が届く。去年の夏何をしたのか知っているぞと・・・。
<感想>
スクリームの成功で一躍人気脚本家となった、ケビン・ウイリアムスンの作品。傾向もスクリームに近く、ジェットコースターライクなサスペンス・スリラー。おまけに、スクリーム2のように早くも第2弾「ラストサマー2(STILL
I KNOW WHAT YOU DID LAST SUMMER)」まで制作されている。
いちおう、WHODUNIT(誰がやったのか?)やWHYDOUNIT(何故やったのか?)の要素があるので、犯人当てをしてみるのも良いかも。正統ミステリーでは無いので、しっかりと伏線が張ってないから、アンフェアですけれど・・・。意外な犯人でも怒らないでね。真面目に見るような映画ではありませんから。
「リチャードを探して」 ’96米
原題 LOOKING FOR RICHARD
監督・主演 アル・パチーノ
原作 W.シェークスピアナレーション
台本 アル・パチーノ、フレデリック・キンバル
音楽 ハワード・ショア
出演 アレック・ボールドウィン、ウィノナ・ライダー、アイダン・クイン、 ケビン・スペイシー
評価 ★★☆
<内容>
シェークスピアの戯曲「リチャード三世」を忠実に再現するというのではなく、(アメリカ)俳優達が作品に対する解釈を巡っての議論、演技法の模索する過程を捉えた、ドキュメンタリータッチの映画。
<感想>
シェイクスピアの戯曲を映画化する際に最も多く採られるであろう、「同時代的感性を用いてシェークスピアの戯曲を再現する」という手法を取らず、製作の過程に置ける役者達の葛藤に主題を置くという手法は面白い。しかし、試みが面白いことと、それが成功しているかは別物であって、私は今作は失敗だと感じる。イギリスの役者に対するアメリカ俳優の根深いコンプレックスが浮彫りにされるなど、見ていて面白いのだけれど、それは作品の面白さを多くの人に知ってもらおうという方針からは、かなりズレてしまう。そして、そういった面が作品中に多々見うけられるということから、視聴者の大半はこの作品に途中で飽きてしまうだろう。
良くも悪くも、等身大のアル・パチーノを見る事が出来ると言った一点において、彼のファンにのみお勧めする。
「リプレイスメント・キラー」 ’97米
原題 THE REPLACEMENT KILLERS
監督 アントワ・フークア(制作総指揮 ジョン・ウー)
脚本 ケン・サンツェル
撮影 ピーター・リオンズ・コリスター
音楽 ハリー・グレッソン・ウイリアムズ
出演 チョウ・ユンファ、ミラ・ソルビーノ、マイケル・ルーカー
評価 ★★★
<内容>
ジョン・リーは母親と妹をチャイニーズ・マフィアに人質に取られ、暗殺者として生きていた。今回の標的はボスの息子を殺した刑事の幼い子供。標的をその照準内にとらえるが、家族の仲睦まじい光景に、彼は引き金を引くことをためらう。その結果、彼は裏切り者として組織を追われることになった。上海に住む母と娘を助け出すために、彼は国外脱出を考えた。それには偽造パスポートが必用となる。そこで、マフィアの息のかなっていない一匹狼の女性偽造屋の元を訪れるのだった・・・。
<感想>
ジャッキー・チェンですら、彼に会う際には緊張を強いられるという。そう、亜州影帝こと、チョウ・ユンファである。日本で彼の名が一般に語られ始めたのは、やはり「男達の挽歌」からだろう。たしか「プラトーン」と同時期に公開されたと記憶している。数種類の映画無料券をもらった私は、「プラトーン」ではなく、「男達の挽歌」を先に見たことを憶えている。まず、拳銃の装弾数を遥かに超えた弾の数に、呆れる以前に大笑いした。そして、舞いのように軽快でスタイリッシュな銃撃戦に、魅入られもした。リアリズムを無視したアクションとコテコテの任侠ストーリーは、アナクロとモダン(モンド?)の境界線上にあると思う。
さて今作は、87分間に546発(カタログによると)の銃弾が込められている。チョウ・ユンファのハリウッドデビューとしては、ふさわしい派手な幕開けだろう。共演もミラ・ソルビーノと豪華になっており、戦う女性としてふさわしい存在感を出している(出演の理由は撮影当時はまだ恋人だった、タランティーノの推薦だろうか?)。
ストーリーは単純明解なものなので、華麗な銃撃シーンを堪能して下さい。ただ、カット割りが非常に細かいため、目が疲れるかもしれない。そこだけ注意。
「リビング・イン・オブリビオン」 ’94米
原題 LIVING IN OBLIVION
評価 ★★
<内容>
「リビング・イン・オブリビオン」という架空の映画の撮影中に起きる出来事をコメディータッチに描いた秀作。
<感想>
おそらく未公開の映画で、タイトル以外の詳しいインフォメーションが何も無い。しかし、音楽はおそらくアンジェロ・バダラメンティ(違ったら露骨な模倣)。そして、主演がスティーブ・ブシェミ。同じく舞台裏(TVのだけど)を描いたコメディで、デビッド・リンチ監督の迷作「オン・ジ・エア」と比較すると少し落ちるけれど、まずまずの作品かなと思います。
「リービング・ラスベガス」 ’96米
原題 LEAVING LAS VEGAS
監督・音楽 マイク・フィッギス
原作 ジョン・オブライアン
出演 ニコラス・ケイジ、エリザベス・シュー、ジュリアン・サンズ
評価 ★★★☆
<内容>
アルコール中毒の為に仕事を失い、L.A.からラスヴェガスに流れ着いた男と、虐待されつつも依存していたヒモを失い孤独な売春婦。お互いの行動には干渉せず、ただその存在に癒しを感じ、日々を同じく過ごしていく。
<感想>
自殺したものは、天国へいくことが出来ないと教えを説くキリスト教。酒を飲み続けることにより、じわじわと死へ近づいていく主人公の行為は自殺にあたるのだろうか?彼の死を看取ろうとする娼婦は、神聖なる巫女か、または天使なのだろうか・・・。
この映画を見ていると、痛みばかりが胸に伝わってくる。絶望に端を発する、緩慢な死への移行過程は、あまりにも哀しくせつない。いくら言葉をつくしても救われない主人公に対し、娼婦はただ彼と時を共にするだけ。しかし、その行為は、彼にとっては最良だったのだろう。その死に顔を神々しい。
「レイジング・ブレット 復讐の銃弾」 ’95米
原題 EYE FOR AN EYE
監督 ジョン・シュレシンジャー
脚本 アマンダ・シルバー、リック・ジャッファ
原作 エリカ・ホルツァー
撮影 アミル・M・モクリ
音楽 ジェームス・ニュートン・ハワード
出演 サリー・フィールド、キーファー・サザーランド、エド・ハリス
評価 ★
<内容>
カレンは17歳の娘ジュリーを殺される。DNA鑑定の結果、容疑者が逮捕された。しかし、検察側の不手際により、犯人は釈放されてしまう。あまりの結果に憤るカレン。そして彼女は、復讐の為に力を貸す組織の存在を知るのだった・・・。
<感想>
95年に制作されておきながら、ここまで公開が遅れたのは何故だろう?出演者も豪華、監督も「真夜中のカーボーイ」のジョン・シュレンジャーだ。等と考えながら見始めた。そう、1時間も過ぎるとその結果は明白。物語の展開に大きな捻りが無いため、詰まらないのだ。昨今のミステリーに慣れ親しんだ人には、退屈きわまりないものとして写るだけだろう・・・。
「ルーズ・ソックス」 ’97日
監督 今関あきよし
原作 今関あきよし(「39.8°」)
脚本 藤田一郎、今関あきよし
撮影 谷川創平
衣装 小林京子
出演 大河内奈々子、宮澤寿梨、木村沙也果、片桐由葵、畑中正敏
評価 ★★★
<内容>
その日の気温は39.8°、祖母は亡くなり、ピンクは誕生日をむかえた。彼女は仲間3人と一緒に、気に入らない店員のいる雑貨屋で万引きを行う。追いかけてくるパンクな店員。彼女たちは町中をひたすら走り回る・・・。
<感想>
両親の不在。唯一の肉親である祖母の死。フラフラと揺れ動く多感な少女は、町中を疾走する。それは、逃走であり、姿見えぬ相手との闘争なのかもしれない。走り続ける彼女の中では、様々な思いが交錯していることだろう。そして、走り続けて行くことにより、彼女の悩みはすこしづつ解消されていく。逃げるという行為が、前に向かって走るという行為に変換されていったから。そう、この走るという行為は、彼女が世界に向かい合っていくための助走なのかもしれない・・・。
「ロスト・チルドレン」 ’96仏
原題 THE CITY OF LOST CHILDREN
監督 ジャン=ピエール・ジュネ(Ex.デリカテッセン、エイリアン4)
撮影 ダリウス・コンディ(Ex.セブン)
音楽 アンジェロ・バダラメンティ(Ex.デヴィッド・リンチ監督作品)
衣装 ジャンポール・ゴルチエ
評価 ★★★★☆
<内容>
舞台は異形な者どものばっこする薄暗い街。大道芸人の怪力男ワンはまだ幼い弟と二人で暮らしていた。しかし、弟は盲目至上主義団体、一つ目教団にさらわれてしまう。途方に暮れるワンは子供盗賊団の美少女エミットと出会う。二人は協力しあい、連れ去られた弟を救出することに・・・。
<感想>
今年の個人ベスト3には確実に入るであろう傑作。素晴らしい才能と莫大な資金が集まって初めて創るとが出来る大作。14億円の巨費をかけて創られたセットは、それだけでアート。しかも話の内容までアーティスティック!まさに創られたこと自体が奇跡な作品。
とにかく映画が好きだと言う人は見なさい!96年、この映画を見ずに映画は語れんよ。
「ロスト・ワールド」 ’97米
原題 THE LOST WORLD
監督 スティーブン・スピルバーグ
原作 マイケル・クライトン
脚色 デヴィッド・コープ
SFX I.L.M
音楽 ジョン・ウイリアムズ
出演 ジェフ・ゴールドブラム、ジュリアン・ムーア、リチャード・アッテンボロー
評価 ★
<内容>
ジュラッシク・パークの壊滅から4年。死滅したはずの恐竜は生きていた。ジュラシックパークで飼育する恐竜を繁殖させるための施設がコスタリカ沖のイスラ・ソルナ島にあったのだ。数学者のマルカムに率いられた調査隊は島に赴いた。しかしそこには、サンディエゴにジュラシックパークをオープンするためのハンティング集団もやってきたのだった・・・。
<感想>
恐竜による、大量殺戮ムービー。フィルムには、なすがままに殺されていく死体の山が記されているのみ。「香港人肉饅頭」や「ドイツチェンソー大量虐殺」などの映画と大差無し。悪趣味。
「ザ・ロック」 ’96米
原題 THE ROCK
監督 マイケル・ベイ
脚本 デイヴィッド・ウェイスバーグ、ダグラス・S・クック、マーク・ロス ナー
音楽 ニック・グレニー・スミス、ハンス・ジマー
出演 ショーン・コネリー、ニコラス・ケイジ、エド・ハリス
評価 ★★★☆
<内容>
軍の政策に不満を持つエリート達が化学兵器と人質を盾に、今は観光名所となったアルカトラス刑務所を占拠した。要求は軍の機密作戦に参加して死傷した者達の遺族への賠償金を含めた$100万。もし、要求が受け入れられない場合はサンフランシスコが死の街と化してしまう。事態を重く見た政府は、先鋭の部隊を現場に向かわせることを考えた。しかし、警戒が厳しいため、地下からの潜入しか方法が無い。そこで、唯一アルカトラス刑務所から脱極した囚人を案内人とすることにした。
<感想>
インディージョンズバリの刑務所地下のセットは御愛敬として、全般に渡り過剰なまでのアクション・シーンの連続。皮膚まで溶かす強力な化学兵器なのに、心臓に直接解毒剤を打つという方法だけで大丈夫なのか?などと疑問点は多々在りますが、エンターテイメント作品としては、充分楽しめると思います。
原題 ROSETTA
監督・脚本 リュック&ジャン=ピエール・ダルデンヌ
撮影 アラン・マクルーン
音楽 トマス・ゴデ
美術 イゴール・ガブリエル
出演 エミリー・ドゥケンヌ、ファブリッイオ・ロンギオーヌ、アンニ・イェルノー
評価 ★★★
<内容>
社会的・経済的にハンディキャップを背負った女性ロゼッタは、工場での仕事を解雇される。執拗なまでに、「なぜ私を解雇するのか?」と食ってかかる彼女。それは、自分の存在を否定されていることに抵抗しているかのよう。けれど、警備員達によって、強制的に排除されてしまう。
家に帰ると、アルコール中毒症の母親が待っている。ロゼッタは身体を使ってまで、男に媚び、食べ物や酒を手にしようとする母を軽蔑していた。人に物を乞うということが許せないのだ。
ワッフルのお店に、何とか職を得ることが出来たロゼッタは、賢明に仕事をこなす。しかし、この仕事も数日で解雇される結果になるのだった・・・。
<感想>
この作品は、ロゼッタという女性に対し説明的な台詞を使うではなく、張り付くようなまでに執拗なカメラワークにより、その像を浮かぶあがらせる。見る者は、否応も無く、彼女の直面する過酷な現状を身近に感じさせられる。
トレーラハウス側の川に、魚の罠を仕掛けるロゼッタ。自分に良くしてくれる友達を裏切るロゼッタ。最後の晩餐に、ただのゆで卵を食べるロゼッタ。ロゼッタという女性の見せる様々な顔は、どれも切ない。しかし、彼女は決して涙を見せない。彼女の望むことはただ一つ。普通の暮らしがしたい、と・・・。
あまりに過酷な彼女のおかれている状況は、想像することは出来ても、我がことのように実感することは出来ない。ただ、痛みだけが伝わってくる。
物語ラスト、これまで決して涙を見せることが無かった彼女が、遂に涙を流す。それは、絶望によるものなのか、喜びによるものなのか。僕にはまだ判別がつかない。心の底、深くしこりのようにこのことが疑問として残っている。
視聴後、テーマの重さに気分が沈み込んでいった。この作品の問いかけてくるものは重く、激しい。
「ロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)」 ’02米
原題 THE LORD OF THE RINGS
監督・脚本 ピーター・ジャクソン
原作 J.R.トールキン
脚本 フラン・ウォルシュ、フィリッパ・ボウエン
撮影 アンドリュー・レスニー
美術 グラント・メイジャー
音楽 ハワード・ショア
出演 イライジャ・ウッド、イアン・マッケラン、ヴィゴ・モーテンセン、リヴ・タイラー、ショーン・アスティン、ケイト・ブランシェット
評価 ★★★★
<内容>
闇の盟主サウロンに作られし一つの指輪。それはすべてを統べる力を持つ。そして、それを身につける者は、すべてを平伏させたいという耐え難い魔への誘惑に翻弄される。この指輪の力を使いサウロンは世界を支配しようと侵略を始めた。人類、エルフ族、ドワーフ族達は互いの利権を乗り越え集い、これに対抗する。圧倒的な強さに攻めあぐねるが、人の勇者イルシドゥアの剣によりサウロンの指が指輪と共に切り落とされたことで、人、エルフ、ドワーフの連合は勝利を手にする。しかし、指輪を拾ったイルシドゥアはその魔力に取り憑かれてしまうのだった。
時は流れ、指輪はホビット村に住むビルボの元にあった。若い頃の冒険(ホビットの冒険を参照のこと)により手にしたものだった。ホビット達は無垢な存在であり、村は争いもなく平穏そのものだった。しかし、甦りつつあるサウロンにより指輪の存在を感知されてしまう。魔の使徒である黒き騎手達が差し向けられ、平穏だった時代は終わりを告げるのだった…。
<DATA>
監督は「ブレイン・デッド」「乙女の祈り」で知られる、ニュージーランドの変人ピーター・ジャクソン。彼の作品は全てビデオで持っているが、どれも指輪物語とはかけ離れたもの。指輪を見て監督に興味を持っても、見ないが吉。あまりの下品さに腹を立てることになるかも(「乙女の祈り」は除く)
<感想>
原作となる「指輪物語」はファンタジー小説古典中の古典であり、この分野でのバイブル。これを読まずしてファンタジーは語れないし、語ってもいけない。後のファンタジー小説は勿論、ロールプレイングゲーム(コンピューターゲームは勿論、それの原型となるテーブルトークRPGも含める)に与えた影響などは計り知れない。ファンタジーは指輪以降、指輪以前でくくることが可能と言えるほどだ。で、何が言いたいかと言うと、映画を見る前にその筋は知っていて当たり前だということである。話の筋を知った上で、それがどのように映像化されたのかを確認するというのが、この映画の楽しみ方。話の流れが解らないという論調が方々で見受けられるが、それは彼らの勘違い。忠臣蔵のように、筋は分かり切った上でその映像化を楽しむのと同じなんである。また、ドワーフ、エルフなどという種族の特性、ミスリルなどの貴金属の説明などは、基本知識として知っていて当たり前であり、これが作品中に解説されていないなんていうのも論外。
3時間と長尺な作品であるけれど、元が長いだけに展開は駆け足。エルフの村での滞在時間などは(原作に比して)驚くほど短い。そして、現代の、しかも全世界で公開する大作であるため、アクションシーンは過多気味となっており、その描写は恐ろしく派手。数匹のオークやトロールに囲まれての戦闘を想像していたら、数百匹、いや数千匹はいるかのような大群対少数先鋭の戦いが繰り広げられる。漫画「ベルセルク」を連想させるような戦闘だ(途中で出てくるバルログなどは、ベルセルクの不死者ゾッドそのものな造形で笑い)。そして、この辺はコンピューターRPGに慣れ親しんだ人たちにはたまらない展開で燃えるだろう。
さて、ではその物語の再現性の話。筋は細部で端折って居る箇所はあるけれど、基本的に原作通りに進んでいく。小説中で語られた巨大な地下迷宮や巨大な石像など、想像したものを超えるようなヴィジュアルで圧倒される。オークやトロールなどの造形がホラー映画のクリーチャーのような点は賛否両論があるかも知れない。キャラとしてのホビットは素晴らしく、過去に何度か指輪物語を目指して作られたものとは比較にならない。ドワーフも良い。ガンダルフ、サルマンなどのメイジ(魔法使い)キャラも、イメージ通りだ。ただ、エルフ族は雰囲気は出ているが、絶世の美形かどうかとなると、返答に詰まるものがある。この辺は女性ファンに受けが悪いと聞くが、それは仕方の無いことかもしれない。絶世の美男・美女などは、文章では簡単に表現でき、それぞれ見る者の心的イメージに任せられるが、映画ではビジュアル化が必要なわけで、美醜なんてものもはとても相対的なものであるから…。
何度も映画化が企画され、没になったり、違う作品(ウィロー、エクスカリバーなど)として生まれ変わったり、アニメ化されて第1部も描ききれずに中座したりとついていない指輪物語だが、今作によってそのような過去は全て一蹴されたと言っても良いだろう。更に、ファンタジー映画のジャンルとしては、指輪物語以前、指輪物語以降と語られるほどのエポックメイキングな作品になる可能性も秘めている。マーケットを意識してアクション性が高すぎたり、端折ったシーンも多いけれど、3時間で良くここまでまとめたと感心こそすれ、非難するものでも無い。撮影はされたけれど、公開に併せて作品を短くするために泣く泣くカットされたシーンも数多くあり、それらを入れた完全版は4時間近くとなると聞く。これはDVDあたりで完全版としてリリースされてくるだろう。
正式な評価は3部作全てを見終え、更に完全版を見終えたあとに出すが、現時点でこの映画はファンタジー映画の最高峰と言っても良いだろう。まぁ、ファンタジー映画(実写)で傑作というのは数少ないわけでもあるが。
「ロード・トゥ・ヘル」 '02米
原題 ASH WEDNESDAY
監督・脚本・製作 エドワード・バーンズ
撮影 フランク・プリンジ
出演 エドワード・バーンズ、イライジャ・ウッド、ロザリオ・ドーソン、オリヴァー・プラット、マラキー・マックコート
評価 ★★★
<内容>
1980年初頭のニューヨークはヘルズ・キッチン。
ショーンは働いているパブで兄フランシスを襲撃するというギャングの話を聞いてしまう。彼らが用を足しにトイレに向かうと、ショーンは護身用の短銃を取り出し彼らの元へ向かった。
3年後、事件の後に殺されたはずのショーンを見たという噂が街に流れる。身内を殺されたギャングはショーンの死をもって手打ちとしたが、生きていたとなれば話は違うと事実を確認するために動き始めた…。
<感想>
舞台となるのはいつもと同じニューヨークなのだが、エドワード・バーンズ監督作品としては初のギャングの抗争を描いた映画。とはいえ、これまでのバーンズ作品同様にあまり話は膨らまず、ギャング映画としては極めてこぢんまりとした作品。
原題となる「ASH WEDNESDAY(灰の水曜日)」はイースターの46日前、この日にカトリック達は教会に集まり祭儀を行う。キリストの受難と死を想い回心と償いを誓い、司祭から額に灰で十字の印を付けてもらうという典礼だ。これをまず知らないと、話は薄っぺらなただのギャング映画で終わってしまう。
弟ショーンの行った殺人により命を救われたフランシスはギャングから足を洗い、回心する。しかし3年後、弟が妻とともに暮らしたいと街に戻り、その姿を住人達に見られてしまったことで歯車が狂ってしまう。事態は好転することなく、彼はこの3年間に築いてきたものを一つずつ捨てていく。良い仲となった弟の妻との関係、良き隣人として生きてきた生活…。追われる弟を妻と共に逃がたのち、彼の手は再び血で汚れる。そしてラスト間際、自室で一人となったフランシスの表情には複雑なものがある。それは、「もし、弟が帰ってこなかったら」「もし、自分がころされていたかったら」などの、考えても詮無きことなのだろう。懺悔、後悔、諦観などの入り交じった悲愴な表情だ。鏡の前で額に記された灰で描かれた十字を消し去った後に浮かぶ表情にグッとくる。灰の十字を洗い流す行為は、普通人として暮らした3年への決別を意味する。弟の、そして愛した女のため、全てを諦めた漢の決意と悲しみ。そして、これから生きていく修羅の世界へを想って…。
エドワード・バーンズ監督作品としては異端的な作品となる今作。軽妙な語り口でユーモラスに物語を紡いでいく作風とはかなりかけ離れている。ギャング映画として見ても、リアリズム的にどうかと思う箇所が結構ある。しかし、見せたかったであろうラストの数分間はこれまでの展開を受けてなかなか効果的であるといえる。スタッフロールに流れるマシュー・ライアンの歌もその余韻をうまく繋いでいる。ギャング映画としての評価は低いが、作品事態の評価は決して悪くない。なかなかの佳作といえる。
「ロミオ&ジュリエット」 ’97米、豪
監督・制作 バズ・ラーマン
脚本 バズ・ラーマン、クレイグ・ピアーズ
原作 W・シェイクスピア
撮影 ドナルド・M・マカルパイン
音楽 ネリー・フーバー
出演 レオナルド・ディカプリオ、クレア・ディンズ、ジョン・レグイザイモ
評価 ★★★☆
<内容>
舞台を原題の豪州はヴェローナに置き換え、展開される悲恋の代表作品「ロミオとジュリエット」
キャビレット家の仮装舞踏会に紛れ込んだモンタギュー家の一人息子ロミオはそこで、美しい少女ジュリエットと出会う。そして二人は、目があった瞬間から恋に落ちていた。しかし、彼女はキャビレットの一人娘。そう、キャビレット家とモンタギュー家は、古くからの敵同士だったのだ・・・。
<感想>
これでもかとまでに過剰に施された演出は、消化不良をおこすほど。しかし、それがこの監督の持ち味であり、売りでもある。それは前作であり処女監督作品でもある「ダンシング・ヒーロー」を見れば自明のこと。
で、問題はクレア・ディンズ(若手女優の中では好きなタイプなんだけど)。場面によっては天使的な美しさを見せたりもするのだけれど、基本的に太め。腕がちょっと太過ぎやしないかい?モダンなジュリエット像を作りたいという趣旨にならピッタリかも知れないが、この作品中のセリフは基本的にオリジナルに従っているので、彼女だと違和感が生じてしまう。とは言え、全体的に見るとこの程度のことならば許容範囲内でしょう(駄目?)
