
●経歴
*生年月日:1959年3月5日生まれ/学年は1958年生まれと同じ
(※ちなみに浅羽通明氏が同年3月4日生まれ、
宮台真司氏が同年3月3日生まれ)
*身長:180pぐらい
*体重:100s前後
*別名:「無法松金玉主義者」
「おたくとバカ女を見ると殴りたくなる健康な常識人」
「浅羽通明と合わせてスネ夫とジャイアン」(宅八郎の弁)ほか
*著作などから知られる横顔
生地は東京だが、幼い頃に大阪に移り、大学入学まで過ごす(『瓦礫の活字
を踏みならし』より)。生まれた時から立派な体躯の持ち主だが、幼少期は庭
でおままごとをしているような子供だったという(ナンシー関との共著『地獄
で仏』より)。高校時代にはラグビー部で活躍(同じく『地獄で仏』より)。
早稲田大学入学に際し上京。学生時代を通じ、精神病院で準看護士のアルバ
イトをしながら(『瓦礫の活字を踏みならし』より)競馬場厩舎のフィールド
ワークを行う。また、学生時代には演劇サークルに携わっていた(浅羽通明氏
の証言。1980年台中頃、早稲田界隈の小劇場で度々「演出:大月熊」と書かれ
た看板を見たという)他、ベースを弾いていたこともある(『CREA』の執
筆者紹介文)など、多彩な活動ぶりを誇る。
90年〜93年頃の一時期には浅羽通明氏の「流行神」に準じた不定期刊ニュー
ズレター「俄」を発行。自ら主催する「都市のフォークロアの会」の活動など
を掲載していた。
現在は埼玉県所沢市に在住(『瓦礫の活字を踏みならし』より)。90年前後
早稲田奉仕園セミナーハウスで行われた「大月×浅羽トークライブ」には、毎
回所沢市から250tの大型スクーター(ホンダ・フュージョン)で来ていた。
*学者としての経歴
1981年早稲田大学法学部卒業。
1986年成城大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得
東京外国語大学助手(日本語学科)を経て
国立民俗博物館助教授に
現在は国立民俗博物館を退官。
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